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第41話

行きは遠いが帰りは早いって、誰かが言ってたのを聞いたことがある。だけどマリカと久しぶりに一緒にいられるとか、浮かれて喋り倒したからなのかわからないが、王宮からスタジアムまではあっという間に到着していた。 テレパシーもいいけど、やっぱり、実際に会ってマリカと話をするっていうのが、楽しい。 ロランがどうしてもウルキにアチュウのキャラクターショーを見せたい!というので、張り切って早朝に王宮を出発し、ハイウェイをぶっ飛ばしショーの時間に間に合わせたが、ショー前の握手会でウルキはギャン泣きしてしまった。 「ウルちゃん、ごめんね...怖かったね、ごめんね」 ギャン泣きしているウルキを抱っこしているロランも、泣き出しそうである。 「あはは、思ったより着ぐるみが大きくてビビったか~。そうだよな、ウルキの知ってるアチュウはあんなに大きくないもんな。ウルキよりずっと大きいから怖いよな」 あははと大声で笑っているのはオーウェンである。早朝から王宮までお迎えに来てくれて、ウルキとロランを車に乗せ、頑張ってハイウェイを走り続けてくれていた。ノンストップで運転してくれたタフな男は、疲れ知らずのようで一番元気である。 「テレビで見るのと違ったからびっくりしたんだろう。アチュウの方もウルキの泣き声で慌ててたな。中の人、可哀想だぜ。あははは」 マリカもオーウェンと一緒に笑っている。 こちらもハイウェイをノンストップでぶっ飛ばしてくれてた頼もしい男。だけど、久しぶりの車内では二人っきりになり、隙があれば「愛してる」と言い合ったりキスをしたりして、必要以上に車内でイチャイチャとしてしまった。盗聴されてなくてよかったって、マジで思う。 「残念!ウルキにはちょっと早かったかぁ。握手会はハードル高いんだな。ウルキの好きなアチュウだけど、着ぐるみはダメなのか。つってもさ、オーウェンとマリカはサングラスかけてて、すっごいガラが悪いのに大丈夫だなんて変だよな。着ぐるみアチュウより絶対怖いはずなのに。子供って面白いよな」 子供向けイベントに不釣り合いな二人である。職業が国王陛下の護衛であるため、一般人よりはるかにゴツイし、見た目も怖そうである。そのうえ二人とも今日はサングラス姿なので、とってもイカツイ。 「な~んで、ロランが泣きそうなんだよ。お前が泣きそうだからウルキが泣き止まないんだろ?ほら、こっちおいで、ウルキ」 どこかで聞いたことがあるセリフだ。 振り向くと、マリカではなくオーウェンが言っていた。ウルキをロランから引き取り、抱っこをしている。マリカより背の高い、大きなオーウェンがウルキを抱き上げると、目線が高く変わったようでウルキは泣き止み、キョロキョロとしている。 「だって...これで、ウルちゃんがアチュウ嫌いになったらって思ったら...」 ぐすんとロランは半泣きである。 ウルキに喜んでもらいたい一心で、ロランは昨日から準備をしていた。握手会で写真撮って、ショーを観てって、きゅるりん!ワクワク!って顔で計画していたのに。だからこそ、ウルキに泣かれてしまったロランの気持ちは痛いほどわかる。 「大丈夫だろ~?な、ウルキ!次はアチュウと遊べるようになるよな~。よし、じゃあ、ちょっと早いけどキッチンのプレオープンに行くか。そっちが今日のメインなんだろ?」 オーウェンは案外子供の扱いが上手なようである。ウルキは大きなオーウェンの抱っこに安心したようで、今はキャッキャとオーウェンのサングラスを外して遊んでいる。ウルキにいたずらされてもオーウェンは気にならないようだ。ガタイがでかいだけではなく、器も大きい男のようである。 スタジアムに隣接しているAIキッチンに入ると、スタジアムキッチンの関係者の方や、プロジェクトに参加している皆さんが待っていてくれた。 「プレオープンおめでとうございます!」 コウが声をかけて進んでいく。みんな晴れ晴れとした顔をしていた。 AIキッチンは期待していた通りリニューアルされ、今まで以上の華やかさが広がっていた。大型ビジョンやスクリーンに映し出されるキッチンのメニューは相変わらずカッコいい。さらに奥へと進むと、ランチを選ぶタッチパネルの台数が増えていて、大きく改善されているのがわかった。台数が増えれば、もうここで長蛇の列になることはないだろう。 「コウ様!お待ちしておりました!お久しぶりですね」 「ネルさん!本当にっ!お久しぶりです。ずーっとリモートだけでしたもんね。いやぁ~、無事にここまできましたね。よかった~」 「ですよね、本当に。開発中はコウ様に大変助けられました。さ、どうぞこちらへ! 早く見てもらいたくって。こっちです!」 久しぶりに会ったネルに誘導された場所はテーブルがいくつも置いてある食事エリアだった。「ほえ~っ!」と全員が同じ声を上げたのは、そこには不思議な光景が広がっていたからだ。 広い食事エリアには、馬車のようなワゴンがスイスイと自動で何台も動いている。それはネルが開発した全自動ワゴンだとわかってはいるが、初めて見たので驚いている。 「ちょっ!ネルさん!マジで?すごいんだけど。なにこれ?」 コウが驚いていると、ネルが説明をしてくれた。 「そうですよ!コウ様のポニー号からヒントを得ました。ここにあるのが自動ワゴンです。お客様がタッチパネルで選択した料理をブースでコック達が作るでしょ、で、出来上がった料理をこのワゴンに乗せれば、自動でお客様がいるテーブルまで運んでくれるんです。なので、お客様はテーブルで待っているだけでいいんです!」 自動ワゴンとやらは、メリーゴーランドの馬車のように見えるが、同じ場所をくるくると回っているわけではない。かといって、レールトレインのようにレールが敷いてあるわけではない。 それぞれのワゴンが目的のテーブルにスイスイと気持ちよさそうに進んでいく。しかも、ワゴン同士が衝突していないのだから不思議である。 「すげっ!なに、どうなってんの?車のようだけど...ドライバーはいないし。全自動でしょ?自由自在に動くじゃん。こんなこと出来るんだ。すっごいね、ネルさん」 「そうです!センサーで動くのでドライバーはいません。どこかで誰かがラジコンのようにコントロールしたり、直接人が動かす必要はないんです。調理ブースで、お客様のテーブル番号をこのワゴンに登録すれば、そのテーブルまで自動で料理を運んでくれるんですよ。通常のワゴンとはちょっと違いますね」 これぞまさにAIキッチンだ。人の流れも止めることがないから渋滞もせず、混雑も緩和するだろう。 「開発者は先のことまで考えてるんだな。こんなすごい技術があるなんて誇りだよ」 マリカにそう言われた。 プロジェクトに関わったからなのか、技術とは人間の生活に役立つものと、最近よく考える。人手不足を解消するために始めたネルの開発や技術は、この後も受け継がれていくんだなと感じる。 「きっと開発の第二フェーズもあるんじゃないか?あとは、この技術を他でも役立ててみるとか。人員不足はどこのエリアでも問題だろ?」 「ふふふ、マリカ、実はもう既に考えているんですよぉ!このプロジェクトの内容を別のエリアに持っていこうって話も出てる。実際見てみてびっくりしたけど、すっごいよ。これで救えるキッチンがあればいいよな」 「そりゃ救えるだろ。で、お前がやるっていうんなら、俺は協力するぞ?」 と、マリカは笑って言ってくれた。 以前ポーター仲間に言われたことを思い出すことが多い。 「王宮で働く王子なんだって。コウしか出来ないことしてるじゃん」「コウはもう国民のことを、国民目線で考えていく仕事をするんだろ?」って言われた。 あれ以来、国民の生活に役立つようなこと、これからも王子として携わっていきたいなと思うようになった。これは、マリカを始め周りが教えてくれたことだと思っている。 「うわ~、コウ様!見てください、あのワゴンめっちゃ料理を運んでます!勝手に動いてる!え~っテーブルまで運んでます。すっご~い。賢いワゴンですね~!」 ロランが声を上げて感激している。さっきまで半べそだったが笑顔になっている。 「実際にやってみてください」というネルの言葉に、興味津々のコウ達はそれぞれがタッチパネルで料理を選び、自動ワゴンでテーブルまで運ばれてくるのを、釘付けで見ていた。 ワゴンが動いているのも、テーブルに到着しても「ほえ~っ!」と全員で声を上げまくっている。テーブルに届いた料理は自分たちで受け取ると、ワゴンはくるっと回転して調理ブースに戻っていくので、それを見てまた全員で「すっげ~!」と声を揃えて上げていた。 このワゴンに一番興奮していたのはウルキであった。大人でも面白いのだから、子供の目から見たら魔法のように見えるのだろう。馬車のようなワゴンがスイスイと勝手に動いているのだから、大興奮である。 「ロっ!ローっ!んっ、ん!あちよっ!あち!」 ウルキがロランを呼びワゴンを指さしていた。近くにワゴンが来ると楽しそうにキャッキャと声を上げ戻っていくワゴンに「バイバイっ!」と、手を振っている。 そんなご機嫌なウルキに戻ってくれて、全員が安心して食事をしている時、「マリカ様っ!お久しぶりですっ!」と、元気な女性の声が聞こえた。 ブイヤベースのパエリアから目を離し見上げると、スレンダーな女性がマリカに満面の笑みを向けていた。この感じ久しぶり...と思っていると、女性は続けた。 「大変ご無沙汰しております!お元気でしたか?あっ、コウ様もお元気でしたか?」 ついでのような挨拶をされ思い出した。女性は、以前ここに来た時に案内してくれたポニーテールの人である。ヘアスタイルが変わっていたのですぐにはわからなかった。 「以前、お世話になった方ですよね?あの時は大変なことに巻き込んでしまい、本当に申し訳ございませんでした。事件の後も大変だったと思います。本当に怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」 女性を思い出したコウは、テーブルから立ち上がり女性に向かい深く謝罪した。 キャンディスはここのキッチンに、コウ宛の郵便爆弾を届けていた。そしてこの女性は事件のことなど何も知らず、コウにそれを渡そうとしていた。 あの時、マリカの判断で大きな事件にならなかったが、爆発してたらと考えるとゾッとする。それに、本人に怖い思いをさせてしまったのは確かである。事件は解決したとはいえ、迷惑をかけたことに違いはない。 「コウ様、ご無事でなによりです。恐ろしい事件でしたよね...ところで、マリカ様!お変わりありませんでしたか?お忙しいというお噂は聞いておりました。あ、もしよければこの後ご一緒してもよろしいですか?マリカ様にご案内したいところがございます!」 すげぇ...相変わらず、すげぇ、強い人。  コウは唖然とした。立ち上がり謝罪しているコウには挨拶ひとことだけ、後はコウを無視しマリカだけに話しかけている。 そうだった…前もマリカにロックオンしガンガンにアピールしてた。マリカに言い返されてもくじけない人だった。 元気そうでよかった。 事件に巻き込まなくてよかった。 うんうん、そう、大丈夫、俺、無視されてもいいよと、コウは頷き着席した。 「うっわ~、やるぅ~!マリカ口説かれてんじゃん」とオーウェンのワクワクしている声が耳に入る。顔を見ると明らかにニヤニヤと笑っている。 「上官、面白がらないで下さい!」ロランがオーウェンに諭すように言う。二人の声は女性に聞こえているはずだが、マリカを口説く女性の話は続いている。 「本日は完全プライベートで来ておりまして、この後、私の婚約者であるコウ様と二人で宿泊する予定でございます。貴方に邪魔をして欲しくありません。ご遠慮ください…ね、ほら、遠慮して。すぐに」 マリカが爽やかな笑顔で、相変わらずの大人げない対応をしていた。それに態度が非常にふてぶてしい。 「婚約…ですか?」 マリカから言われた女性は、聞き返している。本当に?という声が聞こえそうなくらい、疑った顔をしている。 「そう、婚約者。知ってるだろ?俺らのラブロマンスはニュースになってるから、知らないはずはない。知らないなら、ネットを見てないのか、世間に疎いのか、もしくは知らないフリとか?なんでもいいけど、あなたと話すことは何もない。邪魔するなってはっきり言ったけどわかんないの?」 強気だった女性は、マリカにバッサリと言われ、ムカついたような顔を見せた。 「お前、言い過ぎ!そんな言い方酷いぞ!それに、自分でラブロマンスって言って恥ずかしくないのかよ」 呆れながらコウがマリカに言ってやるが、マリカは「全く恥ずかしくない」と、口ごたえをしている。 女性は「つまんないの!」と捨て台詞を言い、くるっと背を向け去って行った。マリカの、邪魔するな!が、女性を怒らせた決め手になったようだ。 「いや~、マリカはブレないねえ~。どうなるんだろう…なんてヒヤヒヤもしなかったよ。思った通り、いやそれ以上の返しですなっ!あははは」 「そうです。マリカさんは清々しいです!ですが、上官はデリカシーがないですね。 ライバルが出てきて、ニヤニヤするなんて最低です!」 ウルキを抱っこしながら、オーウェンとロランのやり取りを聞き爆笑してしまった。 オーウェンとロランは絶妙なコンビネーションである。ロランが上司であるオーウェンに結構辛辣な態度を取っているのに、おおらかなオーウェンがそれを許しているところがある。見ていて微笑ましい。 そしてマイペースな男のマリカであるが、コウに「言い過ぎだ」と叱られ、ちょっと不貞腐れているようであった。

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