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雪下出麦 6
啓介は英策の額にかかる髪を手で梳いた。英策は切なげな目で啓介を見下ろしている。
「あなたが佐庭家の人間でなければよかった」
啓介のひそやかな呟きに、英策は目元に皺を浮かべて笑った。
「それも、仮定の話だ」
英策は何度、自分が佐庭家の人間でなければよかったと思ったのだろう。そして、そう思うことすら諦めてしまったのだろう。英策の笑みに心が波立つ。英策の静けさを乱してみたくなる。
「あなたは佐庭家を壊してしまいたいんでしょう」
「昔の話だよ」
「昔の話ではないでしょう。現に真嗣さんに、家を継がせようとしている」
「能力さえあれば、血筋など関係ないものだよ」
「あなたは真嗣さんを使って、あなたの家に復讐しようとしている……真嗣さんには、何の罪もないのに」
英策の笑いに、淡い陰が落ちた。英策の手が、啓介の頬を包み込む。
「僕が壊さなくても、財閥はいずれ解体される。会社も銀行も能力のある者に継がせるのが、当世の時流だろう」
英策は啓介の顔を引き寄せて、唇を重ねた。しばらく唇の感触を楽しむように、浅い口づけを繰り返す。
「僕は佐庭家の当主にはふさわしくない男だ。僕はほんとうに、君さえいれば、ほかに何もいらないんだよ」
「真嗣さんを愛してあげてください」
口づけの合間に、言葉を交わす。
「今のままでは、あの子があまりにも不憫だ」
英策は涙の滲む目で微笑を浮かべた。
「真嗣には、真嗣の望む道を行かせるよ。それが僕にできる、唯一の罪滅ぼしだ」
英策は啓介以外の人間には薄い情しか持っていないようだった。それは普段の心配りからは想像もつかないかたくなさであった。英策の心のうちにある、根雪のような部分に辿り着けるのはおそらく自分だけだ。
その根雪を溶かすことができるのも。
「あなたは寂しい人だ」
英策の首を抱いて、自分の胸に包み込む。
「私があなたを赦してあげます。だからあなたは、あなたのご家族を赦してあげてください」
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