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第6話 一夜明けて
翌朝、目が覚めると見慣れない天井が目に入る。
そうか、ここは七瀬の家だった。と春斗は、寝ぼけ眼で昨日の出来事を思い出す。
「春斗、起きているか?」
「あ、はい!」
春斗が慌てて身を起こすと同時に襖が開かれる。
「そんなに慌てずともよい。朝餉ができているから呼びに来たのだが……」
言葉尻を濁す七瀬に春斗は首を傾げた。
「七瀬さん……?」
「あ、ああ、先に行っているから、着物を整えてから来るといい。……随分とはだけているからな」
七瀬の言葉に、春斗は改めて自分の恰好を見て赤面した。
胸元は大きく開き、裾も膝上が見えるほどにはだけていたのだ。
どんだけ寝相が悪いんだよ……自分自身に突っ込みを入れつつ手早く整えると、七瀬のいるであろう居間へ急いだ。
居間には夕食と同じように、囲炉裏の周りに食事が並べられていた。そこには里緒と菜緒もいる。
春斗が挨拶をして座ると、里緒が炊き立てのご飯を持ってきてくれる。菜緒は温かいお茶を淹れてくれた。
なんだか小さい子どもを働かせているようで申し訳なく思ってしまう。
食べている間も、里緒と菜緒は部屋の端に控えており、にこにこと春斗を見つめている。
遠慮なく飛んでくる視線に居たたまれなくなった春斗は、二人に声をかけた。
「二人は食べないの?」
突然話しかけられたにも関わらず、里緒と菜緒は無邪気な笑顔を見せる。
「私たちは七瀬様のお世話係ですので、お気になさらず! 今後はお嫁様のお世話もさせていただきます」
「そうです! 何かお困りのことがあれば、遠慮なくお申し付けください! お嫁様はここでの暮らしにも慣れておりませんからね!」
元気よく返事をする様は、無邪気で可愛らしい。
この子らは狐だと言っていたな……しかし、そんなことよりも、だ。
「あの、そのお嫁様っていうの、やめてくれないかな……嫁になったつもりもないし、恥ずかしいし」
そう言った春斗に、二人はきょとんとして首を傾げた。
「これは失礼しました! では、春斗様とお呼びしますね」
里緒の言葉に頷きながら、菜緒が口を開く。
「でも、春斗様は七瀬様のお嫁様です! とってもお似合いだし、運命のオーラが出ていますよ?」
「運命のオーラ?」
菜緒が言うには、二人は他人のオーラを見ることができるらしい。
運命の相手が隣同士に寄り添うと、境界のオーラは混じりあい美しい色に変化するというのだ。
七瀬は銀色、春斗は橙色。そして二人の距離が近づくとその境界は、とても美しく混じり合い、オーロラのように輝いていると言う。
当然、そんなものが春斗に見えるわけもないので、まったくもってよくわからない話だった。
「まあ、突然、嫁になんて言われても困惑するのは当然だ。私はいくらでも待てる。もう既に何十年も待っているのだからな。」
今まで黙って食事をしていた七瀬が笑いながら言った。
「何十年?」
「ああ、春斗が初めて祠に来てくれた時からこの日を待っていた」
春斗が初めて祠に行ったのは、三歳くらいだっただろうか。ということは二十年以上ということになる。
「そんなに小さいころから?」
「ああ、あの頃の春斗も可愛かったなぁ。少し垂れ気味のくりっとした瞳をしていた。もちろん今でも可愛いがな」
昔を懐かしむように目を細める七瀬。春斗はなんだか気恥ずかしくなってしまい、上気した頬を残りの食事を口にすることで誤魔化した。
そんな春斗の様子を七瀬は面白そうに笑った。
柔らかくてあたたかい、そんな七瀬の笑顔を見るたびに春斗の心臓がドキリと音を立てる。
春斗にはそれが何なのか、今はまだよくわからなかった。
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