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第9話 山へ
朝食を済ませた七瀬と春斗は、早速出発することにした。
七瀬は採ったものを入れる大きめの籠を背負っている。
春斗は、慣れない草履では疲れるだろうと、土地に合わないからと仕舞っていたスニーカーを履いている。七瀬が気を利かせて出してくれたのだ。着物にスニーカーと微妙な感じはするが、足を痛めるよりはいいだろう。
門の前で、里緒と菜緒が見送ってくれる。お腹が空くだろうと弁当まで用意してくれていた。
「いってらっしゃいませ!」と大きく手を振る二人に、春斗は小さく手を振り返す。
「森には獣も住んでいる。急な崖などもあるから、私から離れないように。まあ、万が一、逸れるようなことがあっても、すぐに見つけるから安心して良い」
「はい。気を付けます」
「今日は気分転換だと思って楽しめばそれで良い。この時期なら、朱火 や零余子(むかご)なんかもあるぞ」
「わあ! 朱火は甘くて好きです! 零余子も炊き込みご飯にしたら美味しいですよね」
「ははっ、そうだな。たくさん採って帰ろう」
春斗のはしゃぎように七瀬は楽しそうに笑った。
「あ……すみません。ついはしゃいじゃって。子どもみたいですよね」
眉を八の字にして落ち込む春斗に、七瀬はまた笑った。
「いやいや、そんなことは気にする必要はない。春斗が楽しそうに笑ってくれると、こちらも楽しくなる。春斗は福の神みたいだな」
そんなことを話しながら山の中へと歩みを進める。
次第に木々も増え、木漏れ日が地面を照らすようになった。
「ほら、早速あったぞ」
七瀬の指さす先を見ると、木に同化するように巻き付いた蔓。その上の方には、朱火が何個もぶら下がっていた。実は薄く開き、ちょうど食べごろらしかった。
「でも、あんなに高いところ、どうやって採るんですか?」
春斗の問いかけに、七瀬は得意げに笑い、木に向かって徐に右手をかざした。
途端、風が起き、小さな渦が舞い上がった。その渦は朱火を包み込み、風が刃のように蔓を切る。風の渦は採れた実を包んだまま、七瀬の手元へ降りてきた。
「……す、すごい」
感嘆の声を上げる春斗に、七瀬は得意げに言う。
「なに、これしきの事。ほら、食べてみろ」
久しぶりに口にしたそれは、とても甘く、懐かしい味だった。
「美味しいです!」
「ほら、もっと食べるか?」
七瀬は次々と収穫し、春斗に手渡す。
食べきれない分は、七瀬の籠に入れて持って帰ることにした。
それから、春斗は零余子や茸、薬草を七瀬に教わりながら採っていく。よく好んで食べていた柿にも薬効があることや、見たこともない薬草を知り、覚えるのは新鮮でとても面白かった。
こんなに楽しいと感じたのはいつぶりだろうか。前回こんなにも笑ったのはいつだっただろうか。春斗は、童心に帰ったかのように心躍った。
そんな楽しそうに笑う春斗を見て、七瀬も嬉し気に微笑んでいた。
どうしても幼い子どものような反応になってしまい、春斗は何度も気恥ずかしくなってしまうが、七瀬も楽しそうにしているので、気にすることではないと自分に言い聞かせるのであった。
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