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第10話 不注意
二人は見晴らしの良い開けた場所で昼食をとり、再び薬草採りに専念する。新しく覚えた薬草を夢中になって収穫した。
しかし、春斗は夢中になりすぎてしまった。
気が付くと、辺りは濃霧に覆われていたのだ。その霧は今まで経験したことのない濃い霧で、足元がやっと見える程度だった。
「七瀬さん?」
七瀬を呼ぶが、返事はない。
まずい……そう思った時、春斗の足元がぐらついた。
「うわっ!!」
春斗は目の前の崖に気づかず、滑落してしまう。春斗は、重力に従って落ちるしかなかった。
「っ……」
体が地面に着いた時には、そこら中が痛かった。
春斗は痛みに顔をゆがめながら、自分の体を確認する。途中、枝にでも引っかかったのだろうか、着物はところどころ破れていた。
当然、手や足にも傷がつき、出血していた。ゆっくりと立ち上がると、幸いにも骨折はしていないようだった。
……どうしよう。七瀬さんはここにいることに気づいてくれるだろうか。
春斗は不安に押しつぶらせそうになりながら、上を見上げた。落ちたところからは三メートルほどだろうか。自力でそこを登るのは難しそうだった。
時刻は夕刻。陽も傾き、段々と暗くなってくる時間だ。不安と焦りで心細くなった春斗は、居ても立っても居られず、どこか登れるところはないかと歩き始めた。
体の痛みはどんどん増していく。陽も沈みかけ、気温もどんどん下がってきた。とうとう春斗はその場に座り込んでしまった。
……このまま見つけてもらえなかったらどうしよう。寒いよ……七瀬さん……
その時、春斗は、覚えのある柑橘のような爽やかな香りがふわりと漂ったのを感じた。それとほぼ同時に体が温かいものに包まれる。
「春斗っ! 無事か?!」
春斗は七瀬に抱きしめられていた。
「っ……七瀬さんッ」
春斗は自分でも思っていた以上に心細かったらしい。
七瀬に抱き留められていると分かった瞬間、体が震えだした。
そんな春斗を七瀬はしっかりと抱きかかえる。
「もう大丈夫だ。すぐに帰ろう」
包み込むような優しい声に安堵した春斗は、七瀬の首に腕を回す。と、その瞬間、強い風と共に浮遊感を覚えた。
気が付くと、そこはもう屋敷の鳥居の前だった。
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