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第14話 春斗の仕事
そんな出来事から半年が経った。
この世界の生活にも慣れ、一通りのことは自分でこなせるようになった春斗は、本格的に七瀬の薬師としての仕事を手伝うようになっていた。
「ごめんくださいな」
「はい、只今!」
お客が来るのは、七瀬の屋敷の縁側。
縁側へは客が直接出入りできるように、庭先に小さな門がある。陽が沈むころまでは縁側の戸を大きく開け放ち客を迎え入れる。
縁側に接する庭には小さな池があり、立派な錦鯉が悠々と泳いでいた。様々な木々も植えられ、春には色鮮やかな花々、夏には新緑、秋には紅葉、冬には樹氷と季節の移ろいを楽しむことができる。
「お待たせしました」
客の呼び声に急いで駆けつけると、そこには風呂敷包みを抱えた老婆が一人。
ここの常連で、名を九重(ここのえ)という。彼女は元々一つの山を束ねる狸だったらしい。
春斗にはよくわからないが、七瀬によると、なかなかの実力者だそうだ。
彼女の背中では、ふさふさの尻尾が揺れていた。
「おや、春斗ちゃん、今日も元気だねぇ」
「はい、おかげさまで。今日はどのようなご用件でしょうか」
九重は、春斗のことを「春斗ちゃん」と呼ぶ。なんでも、孫のようで可愛くてたまらないそうだ。
「用件? そりゃあ春斗ちゃんの顔を見に来たのよ」
「あはは、ありがとうございます。九重様もお変わりはないですか?」
「そうね、まあこの歳だからね。足腰は痛いねぇ。ま、それだけ生きてきたってことよ。あ、そうそう、お土産を持ってきたのよ」
ケラケラと笑う九重。そんな九重に春斗は笑いかけると「ちょっと待ってくださいね」と一旦その場を離れた。
程なくして戻ってきた春斗の手には小さな薬包紙。
「これ、飲んでみてください。私が調合したのですが、関節痛にも効きますし、体も温まりますよ。七瀬さんの神力もたくさん入れてますからね!」
「おやまあ、有難いねぇ」
九重は包みを開くと、鼻を近づける。
「いい香りだねぇ」
「はい、山で採ってきた薬効のある花が入ってるんですよ。飲みやすいと思います」
「それはいいね。七瀬様の薬はよく効くけど、癖が強いのよねぇ」
悪戯っぽく笑った九重に春斗も笑って返す。
「……飲みにくくてすまないね」
後ろから七瀬が春斗の両肩に手を置き、顔を覗かせた。
「あ、いや……その、七瀬さんの薬はもちろんよく効きますからね!」
慌てふためく春斗。七瀬と九重は声を立てて笑った。
「いやいや、冗談だ。飲みやすくするっていう春斗の意見には賛成だよ」
「そうだよ。若い子なんかは、それで薬を嫌がったりするんだからね。七瀬様の薬が飲みやすくなったって皆に宣伝しておくよ」
「それはそれは。これから忙しくなるだろうな」
七瀬が礼を述べると、九重は「話ができて楽しかった」と、土産だと持ってきた饅頭を置いて、足取り軽く帰っていった。
「春斗、朝から働き詰めだ。お茶にしよう」
七瀬によって腰に手を回され、一緒に居間へと移動する。
なんだか最近一段とスキンシップが多い気がする……嫌ではないけれど、なんだか擽ったい。
「そういえば、そろそろ薄手の着物が必要になるな」
七瀬はお茶を飲む手を止めて言う。
「まだ、早いんじゃないですかね」
「いや、もうすぐ六月になる。そうすればここら一帯は長雨の季節になるからな。出かけるのも億劫になる。天気の良い今のうちに揃えた方がいいだろう」
七瀬はそう言って残りの茶菓子を口に放り込んだ。
「里緒、菜緒、これから街に出る。留守を頼んだよ」
「「はい! お任せください!」」
土間で作業をしていた二人に声をかけると、元気な声が返ってくる。
相変わらず気の合った返事だ。
「さあ、思い立ったが吉日だ。出かけるぞ」
勢いよく立ち上がった七瀬に春斗は慌てて続く。
春斗は急いで草履を履き、さらりと揺れる銀髪を追いかけるように門を潜った。
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