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第15話 初めての街

 街は今日もにぎやかだった。  一緒に暮らす中で、どうにも忘れがちだが、七瀬は一帯の土地神だ。  所謂、有名人。彼を知らないのは赤子くらいのものだ。 「七瀬様、ごきげんよう」 「七瀬様、おでかけですか?」  人とすれ違う度に声を掛けられる。声を掛けられずとも、あちらこちらからの視線を感じる。  その中に、春斗は一際鋭い視線を感じた。  春斗はその方向に視線を向けると、遠くから一人の女がこちらを睨みつけているのに気が付いた。  ……なんだろう。すごく嫌な感じがする。  気にはなったが、七瀬は気づかずに歩みを進めていたし、勘違いかもしれない。  七瀬は一軒の店の前で足を止め、春斗の手を引いて暖簾をくぐった。 「おや、七瀬様。いらっしゃいませ」  店の奥から、人のよさそうな主人が顔を出した。  店主は恭しく頭を下げて挨拶をする。 「ご主人、久しいが最近は変わりないか?」  店主と話す七瀬は、屋敷にいる時とは別人のようであった。春斗といるときは、いつも穏やかで優しい印象しかなかったのだが、店主や街の人たちに対する七瀬は、凛としていて気品があり、しかし、どこか距離を感じさせた。  きっと土地神としての立場もあるのだろう。  春斗は自分の知らない七瀬の姿を見つめる。 「それで、本日は何かご入用ですか?」 「ああ、この子の夏物の着物を仕立ててほしいのだ」  七瀬の背に隠れるように立っていた春斗だったが、不意に前に押し出され、慌てて会釈をする。 「ほお、もしやこのお方がお嫁様ですかな。七瀬様がお嫁様を娶ったらしいと街の噂になっておりましたよ」  え、俺、噂になってるのか……?  注目されることに慣れていない春斗は、おろおろと七瀬に視線を送る。 「ああ、そうだ。春斗という。これからは時々街に来ることもあるだろう。よろしく頼む」 「もちろんです! 春斗様、困ったことがあったらいつでもお力になりますゆえ。ああ、わたくし、店主の森山と申します」  どこか興奮気味の店主に春斗は「よろしくお願いします」と再度頭を下げた。  春斗は採寸を済ませ、生地を選ぶ。 「春斗はどんな色が好きなのだ?」 「ええっと……」  あ……  並んだ反物に目を通していた春斗は一つの生地に目を止めた。 「あれがいいです」  それは、青碧(せいへき)色の生地に銀の流線模様が描かれているものだった。 「春斗様はお目が高いのですね。それはこれからの季節に一番のおすすめでございます」 「うむ、なかなか良いではないか。これを仕立ててくれ」 七瀬も満足そうに頷いている。 「畏まりました。仕上がりましたらこちらからご連絡差し上げます」  またも恭しく頭を下げる店主。春斗も丁寧にお辞儀をして応えた。 「よろしくお願いします」  既に踵を返していた七瀬を春斗は慌てて追いかける。 「気に入ったものがあってよかったな」 「はい! あの流線模様が七瀬さんの髪の毛のようで、とても綺麗だったので決めました。七瀬さんの髪の毛ってとても綺麗ですよね」 「……そのような理由で決めたのか?」 「はい、だって俺、七瀬さんの髪の毛が好きなんですよ。いつも触ってみたいなって思ってたんです」  七瀬は、何故だか困ったように笑って春斗の頭を撫でる。 「髪の毛くらいいつでも触らせてやる」 「本当ですか?! やった!!」 「ああ、そんなことで春斗が喜んでくれるのならお安い御用だ」  そんなことを話しながら家路につく。  二人の周りには優しい風が吹いていた。

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