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第16話 諍い

 それから二週間ほどが経ち、着物が出来上がったと連絡があった。  その日は生憎、七瀬には来客の予定があり、受け取りに出向くことはできなかった。 「里緒と菜緒も今日は山に帰っているし、春斗、すまないが受け取りは後日でもいいか?」 「はい、もちろんです。あ、でも……」 「どうした?」 「あの、俺一人で行っちゃだめですか? そろそろ一人で買い物とかもできるようになった方がいいかと思っていたところなんです」  春斗は、この世界に来てから一度も一人で出歩いたことがなかった。  この世界に不慣れであったことと、七瀬が春斗に関してはとても心配性であったためだ。  春斗としても、別段一人で行動したいとも思っていなかったし、今まではそれでよかった。  ただ、時折、街に出向くようになってから、七瀬に甘えてばかりではいけないと思うようになっていた。  これはいい機会かもしれない。一人で出かけられるようになれば、七瀬の手伝いの幅も広がる。  しかし、七瀬の反応は渋いものだった。 「春斗一人では心配だ」 「どうしてですか。もうここに来て半年以上経ちます。それに、俺は子どもではありません」 「それはそうだが、ここは人間の世界とは違うんだ。神力や妖術が使える者も多い。万が一何かあったときに近くにいなければ守ってやることもできない」  七瀬は頑なに首を縦には振らなかった。  そんな七瀬の様子に、春斗はムッとする。 「……そうですか。俺は子ども同然ということですね。わかりました。もういいです」  春斗は、苛立つ感情を隠すこともせず、踵を返し自分の部屋へ入った。 「春斗っ……」  後ろから呼び止める声が聞こえたが、春斗が振り向くことはなかった。  春斗は自分の部屋に籠ると、手荒く布団を引っ張り出し、そこへ潜り込んだ。  悔しかった。一人でできることを増やして、少しでも七瀬の力になりたいと思っていたのに。結局一人では何もできないまま。できるのは簡単な薬の調合と店番だけ。  家事もほとんどを里緒と菜緒がやっているので、自分が手を出す隙はない。  春斗は自分の無力さに涙が出るのを抑えられなかった。  ……結局どこに行っても自分は無能なんだよな。  向こうの世界で会社員として働いていた時も、無能だ、役立たずだと咎められていたのだから。あれはパワハラだと思っていたけれど、本当に自分は能無しだったのかもしれないな。  春斗は、流れる涙を拭うこともせず、布団の中で、自分の体を抱え込むようにして横になった。そして、そのまま寝入ってしまった。  どのくらい寝ていたのだろうか、部屋を仕切る襖の外から聞こえる声で目が覚める。 「……春斗」 「……」  春斗は返事をしなかった。こんなところも子どもなんだろうな、と思いつつも、返事をする気にはなれなかった。

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