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第21話 女
連れられてきたのは、ここでは珍しい洋食屋のようだった。メニューには、かれーらいす、はんばーぐ、おむれつ、とひらがなで書かれていた。
「春斗様のいたところにはこういう料理があったのでしょう? 七瀬様に聞いたことがあります!」
「うん、……もしかして俺のために連れてきてくれたの?」
「はい! いつも我々の料理ばかりですからね。たまには懐かしいものも召し上がりたいのではないかって二人で話していたのです」
思いがけない優しい気遣いに、春斗は驚くと同時にとても嬉しかった。
「うん、ありがとう。嬉しいよ」
里緒と菜緒は満足そうに頷いて、注文を始めた。
味も美味しかった。俺が食べていたものとは少し味が違ったが、これはこれで美味しい。何より、二人の気遣いが嬉しくてたまらなかった。
「ちょっと厠に行ってくるね」
一足先に食べ終えた春斗は、まだ食べている二人を残して席を立った。
厠は建物の裏手にあった。日も傾き少し涼しい風が心地いい。
厠から出ると、目の前に一人の女が立っていた。
背は春斗よりも低く、真っ白な長い髪、そして同じ色の瞳が特徴的だった。
厠を使うのかな? そう思った春斗は小さく会釈をして、女の脇を通り過ぎようとした。
その時、不意に手首に痛みを感じた。女に掴まれていたのだ。
振り解こうとするが、あまりにも力が強く振り解くことができない。
女は春斗のことを睨みつけていた。
どこかで感じたことのある視線だった。
そう、以前七瀬と街に来た時に感じた視線だ。身体に刺さるような鋭い視線。しかもビクともしない力強さ。
危険だ。春斗の心臓はそう警告するように早鐘を打っていた。
女が春斗の胸に右手を翳す。途端に強烈な痛みに襲われ、春斗は気を失ってしまった。
目が覚めるとそこは荒ら屋だった。
窓から入る月明りだけがその部屋をほんのりと照らしている。
横たわっていた春斗は、身を起こそうとして気が付いた。手足が縛られている。きつく縛られ、ひりひりとした痛みをもたらしていた。
何とか体勢を整え、上半身を起こしたとき、木製の扉が音を立てて開かれた。
「あら、起きたの」
それは、厠で出会った女だった。
「何故こんなことを? 貴女はどなたですか?」
春斗は、恐怖で震える身体に気が付かない振りをして女に問いかける。
「ふふ、私は木蓮。貴方は春斗ね?」
「何故俺の名前を知っているんですか」
「あら、貴方は有名だもの。七瀬様のところに嫁いだんでしょう? 七瀬様もおかわいそうね。こんな人間なんか娶って。七瀬様は貴方に迫られて無理矢理娶ったのでしょう? 七瀬様がこんな人間を選ぶわけがないわ」
……好き勝手言いやがって。
春斗は久しぶりに怒りという感情が込み上げてくるのを感じた。
……七瀬さんは言ってくれた。俺が好きだと。俺のことが大切だと……
春斗はあの喧嘩になってしまった時のことを思い出していた。あの後から、七瀬は事あるごとに「好きだ。可愛い。愛している」そう言葉にするようになった。初めは照れくさかった春斗だったが、その声が心地よく、嬉しくも感じていた。
「違う。七瀬さんは俺を選んでくれたんだ……」
「はっ? 馬鹿をおっしゃい。そんなはずはないわ。だって、貴方なんかより私の方が美しいわ! それに私は神なのよ。力だってあるわ!!」
そう女が叫んだ途端、女の純白の髪が乱れ、白く輝いていた瞳は燃えるような赤に変化した。
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