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第27話 重なる想いの予感

 礼を言う春斗に、七瀬は「春斗を助けるのは当然だ」と何事でもないように言う。 「それに、礼を言うのはこちらの方だ」  七瀬は春斗の頬に付いた雫を拭うように触れる。 「春斗が苦しめられているとき、怒りと憎悪で我を忘れそうになった」  春斗は、あの事件の時の七瀬を思い出した。  瞳が赤くなり、髪は逆立ち、今にも世界を破壊しそうなほどの怒気に満ちていた。人間の春斗でさえも感じた圧倒的な力。 「あの時、春斗が止めてくれなければ、私も邪神に堕ちていた。だから……ありがとう」  七瀬の手が春斗の頬をもう一度撫でる。  春斗は、何と言っていいかわからず、ただ小さく頷くだけだった。 「湯あたりしてはいけない。そろそろ上がろうか」  七瀬はその後、春斗の体を支えたり、拭いたりと、かいがいしく世話をした。  前にもこうして世話を焼いてもらったことがあるな……  その時もひたすらに優しく甲斐甲斐しく世話をしてくれていた。  部屋に戻る途中、縁側を通ったとき、春斗は不意に足を止める。 「どうした?」  七瀬が春斗に問うと、春斗は何も言わずに縁側から外を見つめていた。  それは見事な夕焼けだった。  茜色に染まった空に白い雲が薄くかかっている。その上を烏が数羽纏まって飛んでいた。烏もこれから家に帰るのだろう。夏とは思えない涼やかな風が吹き込んでくる。 「少し座るか?」  春斗は黙って頷き、縁側に腰を下ろす。  七瀬は春斗の背後から、春斗の体を足で挟むように腰を下ろす。春斗の腹に両手を回し、肩に顎を乗せた。  春斗はすんなりとそれを受け入れる。 「美しいな」 「はい……」  ただそれだけの会話。静まり返ったが嫌な感じはしない。むしろ、この空間が心地いい。このひと時が永遠に続けばいい。口には出さなかったが、二人の想いは同じだった。  不意に春斗の手が、腹部にある七瀬の手に重ねられる。湯で温まった春斗の手は柔らかく、しっとりとしていた。  春斗は、体勢はそのままにゆっくりと振り返る。春斗と七瀬の視線が絡み合った。どのくらい経っただろうか。いや、それは一瞬だったかもしれない。  七瀬が口を開いた。 「口づけをしても?」  春斗は、答える代わりに、静かに目を閉じた。 「っ……」  初めての口づけは、優しく柔らかだった。小鳥のように軽く啄む。一瞬だったが確かに重なったそれは、柑橘の香りがした。 「……夕餉ができたころだ。そろそろ行こう」  春斗は火照る頬を両手で抑え、夕餉へと向かう七瀬の背中を追った。

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