29 / 37
第29話 交わる想い
「お、おれは……」
言葉を詰まらせる春斗だったが、七瀬は急かすことはなく、春斗の言葉が出るのを待った。
「ここに連れてきてもらってよかったと思っています。ここに来て、七瀬さんや里緒、菜緒と出会って、人の温かさや、楽しいという感情を思い出しました。そして、俺のことを好きだと言ってくれて……嬉しかったです。そして……その……昨日の、く、口づけも……」
そこで口籠る春斗。七瀬は先を促してやることにした。
「嫌ではなかった?」
春斗は、視線を俯かせていたが、はっきりと首を縦に振った。
「……春斗。ありがとう」
七瀬は、優しく、だがしっかりと春斗の体を抱きしめた。
「春斗、もう一度、口づけをしてもいいか?」
「……はい」
七瀬は俯く春斗の顎を掬い上げ、その唇に己の唇を重ねた。
昨日と同じ優しい口づけ。そして啄むように何度も角度を変えて口づける。
春斗は、緊張から硬直し、微動だにしない。
七瀬はそんな春斗が可愛くて仕方がないという様子で微笑む。
「少し口を開けて?」
七瀬に促され、おずおずと口を開ける。
そこにすかさず七瀬の熱い舌を滑り込んできた。
「んんっ……」
「春斗、かわいい……」
春斗もぎこちなくではあったが、七瀬に応えるように舌を動かしてみる。
呼吸が苦しくなった頃、ようやく春斗は開放された。
「春斗……」
いつもは、何でも冷静にそつなくこなし、冷静沈着とも言われることが多い七瀬が、どうにも抑えが利かない様子でいるのはとても珍しかった。
抱きしめられたまま、その首筋に顔をうずめられ気恥ずかしさに身じろいだ。
「春斗は良い香りがする」
「香りですか? 何もつけてはいないですけど……それよりも七瀬さんこそ、いつも柑橘のようないい香りがしますよね」
肩で息をしていた春斗の呼吸が整い、春斗は恥ずかしそうに七瀬に視線を送った。
「そうか……自分では気が付かなかったが……」
七瀬が言うには、神格を持つ者は、特定の人にしか感じられない香りをもっているらしい。それは通常時に香ることは少ないが、喜怒哀楽など感情が高ぶった際に発せられることが多いという。つまりフェロモンの様なものなのだろう。
「春斗が香りを感じたということは、我々はやはり運命なのだろうな」
そう言って、悪戯っぽく笑った七瀬はとても綺麗で、春斗は思わず見惚れてしまった。
「春斗、改めて生涯を私と共にしてくれるか?」
「……はい。よろしくお願いします」
少し前まではこんなことになるとは思ってもみなかった。春斗はドキドキと煩い己の心臓をどうすることもできなかった。
「また、桜の頃になったらここに来よう。きっと二人で見る景色は格別なのだろうな」
桜の巨木を静かに微笑んで見上げる七瀬。銀色に輝く長髪が風に靡いた。
その姿は美しく、まさに神々しい雰囲気が漂っていた。
ともだちにシェアしよう!