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第29話 交わる想い

「お、おれは……」  言葉を詰まらせる春斗だったが、七瀬は急かすことはなく、春斗の言葉が出るのを待った。 「ここに連れてきてもらってよかったと思っています。ここに来て、七瀬さんや里緒、菜緒と出会って、人の温かさや、楽しいという感情を思い出しました。そして、俺のことを好きだと言ってくれて……嬉しかったです。そして……その……昨日の、く、口づけも……」  そこで口籠る春斗。七瀬は先を促してやることにした。 「嫌ではなかった?」  春斗は、視線を俯かせていたが、はっきりと首を縦に振った。 「……春斗。ありがとう」  七瀬は、優しく、だがしっかりと春斗の体を抱きしめた。 「春斗、もう一度、口づけをしてもいいか?」 「……はい」  七瀬は俯く春斗の顎を掬い上げ、その唇に己の唇を重ねた。  昨日と同じ優しい口づけ。そして啄むように何度も角度を変えて口づける。  春斗は、緊張から硬直し、微動だにしない。  七瀬はそんな春斗が可愛くて仕方がないという様子で微笑む。 「少し口を開けて?」  七瀬に促され、おずおずと口を開ける。  そこにすかさず七瀬の熱い舌を滑り込んできた。 「んんっ……」 「春斗、かわいい……」  春斗もぎこちなくではあったが、七瀬に応えるように舌を動かしてみる。  呼吸が苦しくなった頃、ようやく春斗は開放された。 「春斗……」  いつもは、何でも冷静にそつなくこなし、冷静沈着とも言われることが多い七瀬が、どうにも抑えが利かない様子でいるのはとても珍しかった。  抱きしめられたまま、その首筋に顔をうずめられ気恥ずかしさに身じろいだ。 「春斗は良い香りがする」 「香りですか? 何もつけてはいないですけど……それよりも七瀬さんこそ、いつも柑橘のようないい香りがしますよね」  肩で息をしていた春斗の呼吸が整い、春斗は恥ずかしそうに七瀬に視線を送った。 「そうか……自分では気が付かなかったが……」  七瀬が言うには、神格を持つ者は、特定の人にしか感じられない香りをもっているらしい。それは通常時に香ることは少ないが、喜怒哀楽など感情が高ぶった際に発せられることが多いという。つまりフェロモンの様なものなのだろう。 「春斗が香りを感じたということは、我々はやはり運命なのだろうな」  そう言って、悪戯っぽく笑った七瀬はとても綺麗で、春斗は思わず見惚れてしまった。 「春斗、改めて生涯を私と共にしてくれるか?」 「……はい。よろしくお願いします」  少し前まではこんなことになるとは思ってもみなかった。春斗はドキドキと煩い己の心臓をどうすることもできなかった。 「また、桜の頃になったらここに来よう。きっと二人で見る景色は格別なのだろうな」  桜の巨木を静かに微笑んで見上げる七瀬。銀色に輝く長髪が風に靡いた。  その姿は美しく、まさに神々しい雰囲気が漂っていた。

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