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第8話

 深く閉じる瞼がぴくぴく動き、少しずつ開かれる。ののしられるか、泣かれるか……嫌われたか。第一声が怖い。α性をうっとうしく思いながら、今までは優位のバース性でちやほやされてきたのは事実だった。  さすがに行きずりの相手とはないが、ある程度の顔見知りなら気が合えばワンナイトもありだ。あと腐れのない関係ばかり。男女問わず、人生で拒絶されたことは一度もない。  互いをけん制し合うαでも、フェロモンを漂わせるΩでもない。ごく一般のβである晴也の反応がこれほど不安になるとは情けない。目を開けた晴也の、黒い瞳がぼんやりと彷徨った。視界の隅にいる秀一とばっちり目があい、晴也は、すぐに状況を思い出した様子だった。 「あっ……」  顔を見合わせたとたん、真っ赤にしてベッドから起き上がる。起き上がった上半身に、慌てて毛布を手繰り寄せ、晴也は恐るおそる自分の身体を覗きこんだ。 「ふ、服……、なんで」 「俺が着せたんだよ。さすがに、素っ裸でベッドに寝かせられないから」 「ぇ、……あ、あり、がと、ぅ…………」  秀一の返答に晴也はうつむき、耳たぶまで赤く染める。ちょっと可愛すぎやしませんか。みっつ年上でしたかね。などと図々しいことなど言えず、秀一は声の代わりに吐息を吐いて、口元を手のひらで覆った。  晴也が隅に寄ったのをいいことに、ベッドの横から片膝をついて乗りあがる。身を縮こませた晴也に、遠慮なく接近した。うつむいて、目を合わせてくれない晴也の顔を持ち上げてみる。 「怒ってる?」  無理やり隠れバースを暴いたこと、強引に行為に及んだこと。晴也の目を見ながら、問いかければ、頬を染めた晴也が視線を外して首を振る。怒ってはないと、無言で意思表示された。  顔には出さず安堵し、秀一は次の問いかけをした。実は、これが何よりも緊張する。 「じゃあ……、嫌、だった?」  晴也の細い肩がぴくんと弾け、さらに真っ赤になった。何それ、もっと見たい。と思うけれども、赤くなった表情は、山型になった晴也自身の両膝に埋まってしまう。顔が見られないのがとても残念だと思いつつ、秀一は辛抱強く返答を待った。  実際は数秒だったかもしれない。けれど、限りなく長い時間のように感じる。晴也のどんな小さな声も聞き洩らさないようにしたいのに、どくどくと胸の音がうるさかった。晴也のくぐもった、か細い声が聞こえた。 「……か、ん……ぃ」 「え? なんて? ごめん、もう一回……」 「ゎ、かん、なぃ……」  嫌だったのか、それとも、嫌じゃなかったのか。自分でもわからないと、晴也は言いながら顔を上げる。秀一の眼差しとしっかりかち合った揺れる瞳は、興奮を思い出したためか、少しだけ潤んでいた。  色っぽいな、なんて、不謹慎なことを思う。こんなに可愛いのに、香りたつほど色気がにじみ出るなんて、反則じゃなかろうか。  ごくりと生唾を飲みこみ、秀一は冷静に口を開いた。 「ええと、わかんないって……俺に、触られるのは平気だったってこと?」 「平気かなんて、わかんない……。だって俺、ひ、日高さんとしか、したこと、なぃ、から……」 「はい?」  晴也は恥ずかしそうに身を小さくさせ、また真っ赤な顔を両膝に埋めた。っていうか、ちょっと待て。可愛い可愛いいかわぃ……っていうか、一体全体なんなんだこの可愛いらしすぎる生き物は。 「え、待って。俺としかしたことないって、ほんとに? っというか、さっきのあれは、実は、まだ本番じゃなかったんですけれども?」  互いのものをこすり合わせただけなんだが。あの先があるのを知らないのだろうか。いや、さすがに知ってるよな。秀一にしたら、あれは一回に含まれないのだが、晴也はしっかり一回にカウントされたらしい。

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