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第9話

 なかなか顔を上げてくれない晴也に詰め寄れば、根負けしたとばかり、晴也が真っ赤に潤む顔を上げた。少しかさつく下唇をちろ、と舐める仕草を、秀一の目が間近で追う。 「さっき、俺としたのが晴也さんの初めてってことですか? ほんとに……」 「したことない。俺、ち、乳首に……、ネームバースがあるから、今まで、誰ともそういうことできなかった。だから、あんなの、は、初めてで……わ、わかんない」 「……、………」  ――ああ今すぐ抱きしめたい!  と、思ったことはおくびにも出さず。秀一はこほんと咳払いした。マジか、マジでか。オメガバースがはびこる世の中、今どき高校生でもヤってる奴もいるっていうのに。  秀一より年上で、三十路手前で、平凡だけど可愛くて。警戒心が強いけど、懐いたら子犬みたいに寄ってきて。天然純情まっしぐらか。  ネームバースの刻印は腹が立ったけれど、そのおかげで、誰とも一線を越えられなかったのはありがたくて複雑だ。  こうして晴也と、偶然に繋がったチャンスをみすみす逃す? 答えは「NO!」だ。 「晴也さん。だったら、嫌かどうかわかるまで俺としてみない? 晴也さんの乳首にある刻印も、俺はもう知ってるし。刻印がばれるのが怖くて、この先一生、誰ともしないなんてことになったら、晴也さんだって悲しくならない? 俺とするのがそんなに嫌じゃないんなら、さ。俺と、気持ちいいことしよ?」  少々強引なこじつけでも、ネームバースを逆手にとった卑怯な提案でも構うものか。晴也がこの手に落ちるのなら。  飢えた欲望は丸呑みにして、腹黒さは腹にしまおう。秀一は自分の容姿の威力を最大限に発揮した。  目鼻立ちがくっきりした顔立ちと騒がれる表情筋を、優しく緩め、困惑しまくりの晴也の耳元に唇を寄せる。柔らかい耳たぶを食むように、低音ボイスを囁いた。  動揺して黒い瞳を揺らした潤む眼差しは、秀一の提案に乗ろうか乗るまいか。揺れ動く晴也の心を見るようだ。  あともうちょい、押しが足りない。αらしく体躯のいい身を縮め、威圧感を最小限に抑える。きゅっと毛布を握り締める、晴也の骨ばった手を、大きな手でそっと包んだ。  ぴくんと細い身が震える。秀一は、惑う心を落ち着かせるように、丸まった背中をそっと撫でた。 「難しく考えないで。晴也さんが嫌だって思ったら、俺は何もしない。でも嫌じゃないんなら……気持ちいいって感じてくれるなら。俺を、受け入れてほしい」 「で、でも」 「晴也さんに刻まれた、運命の相手が現れるまででいいから。俺は、晴也さんにもっと触れたい。恋人みたいに、一緒にいたい。晴也さんが好きだよ。たとえ俺たちが、運命じゃなくても」 「あ……」  好き、と言った瞬間、晴也の身体が目に見えて跳ね上がった。黒い瞳をまん丸に見開き、真剣な声を出した秀一を一点に見つめてくる。  驚き、固まった、晴也の頬をそっとなぞった。晴也の手に添えた腕を優しく持ち上げ、発育不良な細い指先に口づけを落とす。

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