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第10話※
ちゅっと音を立てて吸いついた。口づけの先にある、揺れる瞳だけを見つめ返す。晴也に絡める視線はそらさず、細い手も決して離さずに。小さい指先、手の甲、手のひら。掴まえた、晴也の全部を啄んでゆく。
「好き。晴也さん可愛い。怖いことなんてないよ。気持ち良くなるだけだ。だから、ね。俺を拒まないで」
「で、でも俺はβで……日高さんは、αだから」
「βやαは重要じゃないんだよ。俺にとっては。バース性は後付けだ。俺は晴也さんだから可愛いと思うし、大切にしたいんだ」
初心で、引っ込み思案で。でも警戒心をとっぱらったら人懐っこくて。本当は甘えたそうなのに、意思表示がへたくそで。αの秀一に媚びたりしない。ごく普通に接してくれる晴也は秀一にとって癒しだ。
秀一の淹れる一杯のコーヒーを、いつも美味しそうに幸せそうに、温めながら飲んでくれる。そんな晴也はいつの間にか、秀一の日常に、そしてすさんだ心に欠かせなくなっていた。
ずっと一緒にいたい、見つめていたい……触れてみたい。
「晴也さんをうんと甘やかして、全力で愛したい。だから、お願い。俺を晴也さんの日常に……晴也さんの、中にいれて……?」
晴也は唇を開き、震えた吐息を閉じて、困惑に眉根を寄せる。真剣な秀一から、ついにぎゅっと目をつむり視線をそらした。
顔をそらした晴也の、頬や耳。それに、露わになった首筋も、シャツの隙間から浮き出た鎖骨までもが真っ赤に染まっていく。あと、もう少し。
「もし、本当に嫌だと思ったら、晴也さんは嫌だと俺に言うだけでいい。そしたら、俺はもう何もしない。それとも……俺とするのは、気持ちが悪い?」
「そ、な……き、気持ち悪くなんてないよ……っ」
「じゃあ晴也さんは、俺とするの、いい……?」
「ぁ、ぅ、……ん……」
晴也が全身を真っ赤にして、小さく頷いた。その様子をしっかりと見つめ、思わず唇の端が歪みそうになる。秀一はゆっくりと、確実に、晴也を押し倒した。
小さく震えた、晴也の身体を両腕に抱く。安心させるように、緊張して硬くなったほっぺたや耳たぶ、顔の輪郭にキスをした。
驚きと快楽が入り混じった、小さな喘ぎ声が聞こえた瞬間。わずかに歪んだ口角は、晴也に見られなかっただろう。
***
さすがは高級ホテルといったところ。肌ざわりのよいシーツはなめらかで、全裸で寝そべっても心地よい。
細い裸体をベッドに組み敷けば、ほのかな朱色に色づく素肌が、白いシーツに見栄えする。晴也の身も心も秀一好みに、自らの手で作りかえるのだ。
晴也の言う『一回目』から二週間ほどが過ぎた。いつでも連絡できるよう連絡先を交換し、こうして実際に身体を重ねるのは三回目だ。最後までちゃんと、互いの身体を繋げるのは、前回に続き今日が二回目になるだろう。
順調に逢瀬を重ね、本物の恋人になったみたいだ。でも違う。秀一は恋人のように抱くが、晴也は流されているだけだ。
晴也からは、一度も好きだと言われていない。秀一が触れたら、ほんのり頬を染めるから、嫌われてはいないと思う。でもやっぱり晴也の心を知りたい。そう思うのはわがままだろうか。強引に身体だけでも手に入れたから、黙って引き下がるべきか。
どちらにせよ、晴也の痴態を見下ろすのは幸福のひとときだった。違う運命があろうとも、秀一にとって、心から触れ合いたいのは晴也ひとり。
「あっ…んっ、ふ、ふぅぅ……っ」
「晴也さん、かわいい。ここ、気持ちイイ?」
「うっンっ……もち、ぃ……ぃ…っ」
つんととんがった晴也の右の乳首を、ペロリと舐めてしゃぶってやる。ときどき歯で甘噛みして強めに引っ張り、甘やかすようにキスをした。
癪に障る、見知らぬ男の刻印を上書きしたくて、ついそこを執拗に弄ってしまうのだ。そのせいで、晴也の右の乳首は前よりも大きくなった気がする。今も、真っ赤に膨らんでいた。
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