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第12話
スタッフルームで向き合う、壮年の男性は明らかに渋り顔だ。雰囲気を見る限り、オーナー自身も不本意なのかもしれない。
整った眉根を盛大に寄せ、文句なく、ハンサムかつダンディっぷりの精悍な顔を歪めた。
「私も本意ではないんだ。君はよくしてくれているし、客あたりもいい。αに驕らず、仕事ぶりも非常に頼りになると聞いている。だがね」
そこまで言うと、オーナーはテーブルにあるタブレットを操作しだした。画面を見せられて、秀一も覗く。SNSだ。再生された動画に目を見開いた。
「これって」
「君が店内で、αの男を抑圧した一部始終だ」
αとΩの痴話げんか。その様子を動画にとられていたのだ。しかも最悪なことに、動画はあらゆるSNSで拡散されたあとだ。
瞬く間に広がり、『件の上位αは、日高グループの三男坊?』のコメントまで浮上している。一部のユーザーでは、秀一のファンなどとのたまう奴もいた。
秀一目当てに来店する客が、増えることは予測していた。だから当分の間は、多くのΩが来ても仕方がないと腹をくくった。
店で晴也と向き合うときでさえ、不特定多数の視線を感じたが、ほとぼりが冷めるまでの辛抱だと思っていた。
だがまさか、こんな迷惑動画が流出するとは。どうりで予想以上に、度を越えた客が目立ってきたはずだ。
ついこの前は、わざとヒート期に来店したΩがいたという。こうなれば、事は秀一だけに収まらない。
たまたま秀一が休みだったからよかったものの。店内が騒然となったのは想像に難くない。機転をきかせた、βのスタッフが対応したというが、秀一以外にもαのスタッフだっている。ヒートを利用した悪質なΩには怒りしかない。
さらにもっと最悪で、許せないこと。拡散された動画には晴也の姿もあったのだ。ご丁寧に秀一が晴也をかばい、手を引いて消えたところまで録画している。
音声はわかりにくいが、解析すれば晴也の名前もわかってしまうかもしれない。思わず心のなかで舌打ちした。
「賢い日高くんのことだ。この状況が君にとって、不利になることはわかるね?」
たとえ秀一には非がなくとも。どんな理由であれ、意に添わぬヒートに巻きこまれたら。
一週間ほど続くΩのヒートに抗うのは、本能に抗うほど難しい。極端な話、二十四時間ぶっとおしで七日間。食事も睡眠もとるなと言われてできるだろうか。
αのラット抑制剤は飲んでいるものの、もしも自制が利かず番にしてしまったら。ヒートで本能が働いたから。などと、言い訳は通用しない。そうなれば秀一の実家も黙っていないだろう。
そのうえ不利になるのは、秀一だけに留まらないのだ。店には大勢の客がいる。そのなかで事件や事故が起こる可能性もある。そうすればオーナーだけでなく、店長をはじめ他のスタッフも迷惑をこうむるのだ。
それに……晴也だ。ここまではっきりした動画をさらされては、晴也も店に来られなくなる。
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