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第16話

「あー……その、だから……晴也さん今、面倒なことになってると言うか。まぁ俺のせいなんだけど。晴也さんは、なんにも悪くないんだけど」  秀一の現状……少なくともバイトに行けるようになるまででいい。嫉妬深いΩがどこかにいるかもしれないなかで、晴也をひとりにさせられない。  状況が落ち着くまでは、できる限り目の届くところにいてもらわないと。  本当は、期間限定と言わず、永久に同居してもらっても構わないんだが。本心はともかく、少しのあいだだけ身を守らせてほしいと告げた。トラブルが解決すれば同居を解消するからと。 「晴也さんちβ家系だから、実感わかないかもしんないけど。見境なくしたΩって、何するかわかんないんだよ。身バレしないように、家族さんを守る意味でも、実家から離れたほうがいいと思うんだ」  秀一の身辺は、父が徹底して危険を排除してくれるはずだ。日高グループまで巻き添えになっては困る。父はあらゆる権力を駆使するだろう。  そうなると、問題は晴也で。ひとりにさせるよりも、そばにいてもらったほうが安心だ。晴也は実家暮らしと聞く。両親と姉がひとりの四人家族。みんなβで、すこぶる仲がいいらしい。 「万が一なんかあったら俺、合わせる顔がない。俺は今は無力だけど、俺にも晴也さんを守らせてくんない? 俺の提案を受けてほしい」 『う…、ん……。わかった、考え、とく……』 「ありがとう。仕事中にこんな話してごめん。残りの仕事、頑張って」  ひととおり伝えることは伝え、晴也の返答を残し通話を切った。ここまでしなくてもいいのかも知れない。けれど最悪な状況も視野に入れ、動いても損はない。  このさい晴也との距離も一気に詰めるか。拭いきれない下心を自覚したのは、αの性分である前の、悲しい男の性といおう。 ***  遅い。遅すぎる。待つ時間というのはなぜこれほどに進むのが遅いのか。晴也からの返事を待って早二日。  頻繁に連絡して急かしたら、煙たがられるかもしれない。そう思い自宅でひとり大人しく過ごす。  幸いと言っては聞こえが悪いが。今回の騒動で我が身をしっかり反省した秀一は、父の子会社である旅館をひとつ譲り受けることになった。  力をつけるためには肩書きが必要だ。家名に頼っただけの、温室育ちと罵られても構わない。伸し上がるのはここからだ。  だがそうはいっても、やはり大学を出てから初めての事業となる。ひとまずは、秀一の腕試しといったところ。  右肩上がりの、大手会社の重役につくのはさすがに無理だ。そのため、傾きかけた経営を任されることになった。  いつ潰れても惜しくない小さな民間旅館だ。取り壊す話も出ているそうで、失敗しても大きな痛手にはならない。  立て直すのは厳しいが、どこまで現状維持で手綱をとれるか。そう父の信彦から打診され、二言目には承諾した。もちろん秘書のサポートはある。  事業が成功すれば儲けもの。厳しい経営をもしも立て直せたら、秀一の自信にもなる。失敗すれば、滅多とない良い経験になるだろう。失敗は成功の母だ。

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