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第24話

「あっ、あの……、やっぱ俺、じ、自分の服に着替える……」  晴也の骨ばった指先が、助けを求めるようにエプロンをきゅっと握り締めた。目の前に立ちはだかる秀一を、潤む眼差しで覗く。泣きそうに目もとを赤らめ、黒い瞳は不安げに揺れていた。  が、欲望に負けた秀一は、にっこりと極上の笑みを見せた。 「ん? なんで? どっかおかしいですか? どこがだろ…、ぜんぜん変じゃないですけど。 それに晴也さん、あんまり着替えの服を持ってきてないから……俺のだと、やっぱデカいけど、我慢してくださいね」 「で、でも、このエプロンは……っ」 「ああそれですか? ずっと前に友達が、罰ゲームとか言って持ってきたんですよ。で、そのまま忘れてったやつです。晴也さんが……また、濡れちゃったら、ね。大変だから。それ着ててください。準備できたら、キッチンで途中だった料理の続き、しよ?」 「ぁ、う」  頑張り屋で妙に責任感が強い晴也は、手伝うと言った手前投げ出したりできないだろう。  素肌が剥き出しになる薄い肩は仕方がないとしても、せめてズボンがずり落ちないように、晴也はぎくしゃくと動く。でもうっかりすればズボンが細い足首まで滑り落ちてしまうのだ。  料理どころではない。晴也は「あ…っ」と毎回声をあげながら、短いピンクのフリルエプロンを引っ張っていた。  けれどどんなに晴也が前だけ一生懸命引っ張っても、可愛いお尻は隠せない。桃源郷が見えたのか。  ときどき不器用な晴也の背後に回り、手取り足取り、秀一は料理を教えてあげる。その間に二回……いや、三回は、ズボンがずり落ちたか。  晴也よりも頭一つ以上背の高い秀一が覗きこめば、丸い襟首の隙間から、つんと尖った乳首までもが見え隠れするのだ。  つい先ほどたくさん可愛がったから、二つの突起はまだ赤く熟れていた。しかも晴也の首筋や、胸や、贅肉がない背中にも無数の赤い跡を残す。  艶めく色香にごく、と生唾を飲みこみ、晴也の首筋へ無意識に鼻先を寄せた。 「んぁっ」 「っと、ごめん。後ろから密着しすぎましたね。水、またこぼれませんでした?」  それっぽくごまかしたものの我を忘れ、すらりと伸びる晴也の首筋にかぶりつきそうだ。肌がきめ細かい晴也はどうやら匂いがつきやすい。  Ωみたいに強烈なフェロモンはしなくとも、秀一が愛用する微かな柑橘系の、ボディソープのまろやかな香りがした。  秀一の熱い息遣いを敏感なうなじに感じたよう。重みを感じただろう晴也は、秀一の腕に囲われて小さくぴくん…と身を跳ね上げた。 「あ、だい、じょ…ぶ、だから……」  うつむく晴也は、耳たぶや首筋まで赤く染め、ふるふると真っ赤な顔を横に振った。初々しすぎるだろ。新妻か。  ああもうまじで永久にここにいてくんないかな。うまいこと言いくるめて監禁してやろうか。晴也を室内で養うにはどれくらいの金が必要だろう。  などと、本気で頭を悩ませたのであった。  もはや付き合っていると公言していいのではなかろうか。ひとつ屋根の下で寝起きし、一緒に食卓を囲み、キスをして。晴也の生活に支障がない程度に身体を重ねる。  これは付き合ってると言うよりも、新婚と言えるだろう。  晴也は秀一をはっきり好きだと言っていない。好きになるのを怖がっている。  けれど口には出さずとも、秀一に抱かれる晴也の身体が語っている。心の奥深くに押し殺す、気づかぬ思いを打ち明けてくれている。  秀一を好きだと。秀一に組み敷かれながら、晴也がどんな表情をしているか、しなやかな両腕に、優しく秀一を抱きかえしてくれているか。熱い眼差しを送り、甘い吐息を紡ぐのか。  臆病で、鈍感な晴也は自分自身で気づいていない。
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