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第28話
激しい性行為を終えた直後ような、けだるさを濃く残す。鼻先に漂うペパーミントの香りが未だまとわりついた。
Ωがいる緊急ルームは休憩室から離れているのに。そのうえフェロモンが漏れないよう、緊急ルームは頑丈に造られている。それでも匂いが離れない。運命相手では、ぬかにくぎか。
来店したΩも切羽詰まっていたがヒートをしのげただろうか。見知らぬ彼も気づいたはず。目があった瞬間……いや。おそらく、店に入ってくる前から。運命の番がここにいると。
「くそったれ……っ!」
もしも秀一に、運命が訪れたら。そんなことを何度か想像したことはある。しかし結局は想像の域を越えなかった。だというのに、なぜ。
運命の番なんて、所詮は都市伝説だと。仮に目の前に現れたとして、理性で跳ねのけてみせると。たかをくくっていた。甘かった、見くびっていた。
秀一はどこまでもαで、晴也はβで、彼は……Ωだ。その事実からは抜け出せない。
Ωの姿を見た瞬間、店内の賑わいも、晴也の声さえもすべてが無になった。晴也の前で己を取りつくろうこともできず声を荒げた。
世のなかは人口で溢れている。たったひとりの運命と出会うのは奇跡に近いと世界は言う。だというのに、なぜ現れた。
秀一のささやかな日常に、Ωが強引に踏み入ってきた。あのΩはよりにもよってなぜ、秀一がいる店に来た。
どれも詮無いことだとわかっている。店に立ち寄るのは自由だ。それも理性ではわかる。秀一の動画が拡散されてから、客が増えたのも知っている。
だがあと少しで晴也と結ばれそうなときに、運命は、秀一をあざ笑った。
ぎりぎりと歯を食いしばり目元に深いしわを刻む。そうしていれば、過剰に服用した抑制剤が効いてきたらしい。
落ち着きを取り戻した秀一だったが、スタッフルームに何者かが近づいてくる気配を感じた。
「Ωか」
運命の番だ。間違いない。ペパーミントの刺激的な匂いが漏れ広がる。スタッフルームは、関係者以外立ち入り禁止だ。一般客では見つけにくい奥に設置される。
離れた緊急ルームからここまで来られたとしたら、秀一の匂いを辿ってきたのか。
秀一は厳しい視線をドアに向けた。小さなノック音が室内に響く。と思えば、遠慮気味にドアが開いた。ひとりの青年が現れた。
目に焼き付いた小柄な彼。ドアの隙間からその姿が見えたとたん、秀一の鋭い眼光が飛んだ。
「なぜここにいる?」
「あなたが、ここにいたから」
凛と背を伸ばす中性的な青年は、顔を上げてまっすぐ秀一を見てきた。厳しい声音にも動じない、清涼な声音。
多量の抑制剤と緊急ショットが功を奏し、秀一の凶悪な衝動も鳴りを潜める。多少の胸騒ぎはあるものの、これなら自制できるだろう。
短く息を吐き、汗ばむ額に張り付く前髪をかき上げる。顔を向けた秀一は、改めてドアの前に立つ彼を見た。
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