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第29話

 背筋が伸びる背格好や振る舞いは落ち着いて、二十代半ばくらいに見える。遠目でも思ったがずいぶんと童顔だ。晴也の、平凡な顔つきとは系統が違う。  透きとおる白い肌に、大きい瞳は濡れるように黒々と瞬く。長いまつ毛が強調して縁取り、肌の白さを浮き立たせた。唇も鼻も、大きすぎず小さすぎず形よい。小顔でバランスのいい、上品な顔立ち。  マッシュショートの髪は柔らかそうで、男性とも女性とも思える危うさはΩらしい風貌だった。  上位αの秀一に物おじせず、自信ありげに堂々とする彼に秀一の眉根が寄った。 「ここは、関係者以外立ち入り禁止なんだけどね。お前が」 「穂波瑞希(ほなみみずき)。僕とあなたは運命の番です。あなただってわかったでしょう? なのにあなたは、僕と関係がないと言うんですか?」  余計なことはしゃべらず、核心をつく言葉と視線に秀一は舌打ちする。こうしてスタッフルームにまで乗りこんで来たのだ。  瑞希と名乗った彼は、ただでは立ち去らないのだろう。ここに秀一が……運命がいるのだから。だが秀一とて、たやすく納得できはしない。 「……穂波くん。君と俺が運命だろうとなかろうと。俺は、君と番う気はない。帰ってくれ。これ以上一緒にいてまたヒートを起こしたら」 「ヒートならもう落ち着きました。ここのお店にあった抑制剤をたくさん飲んだし、いつも持ちまわってる、緊急ショットもちゃんと打った。不必要に僕たちが、接触したり、刺激したりしなかったら、何も起きないと思う」  たしかに、緊急ショットを互いが打ったなら、フェロモンはかなり抑えられただろう。運命とはいえヒートを利用して、αを誘惑しない様子には好感が持てた。  けれどそうはいっても。発情期があるΩは、たいてい運命の番にあこがれを持つものだ。  αと番になればΩのフェロモンは番にしか利かなくなる。つまりヒートのたびに、不特定多数のαから襲われなくなるのだ。  引き下がらない気配に、秀一は盛大に溜め息を吐く。たった少し会話をしただけだが……これはなかなか、手強そうだ。運命も、相性も。  Ωは脳なしだと見下されるが。やはり、世間が決めたヒエラルキーは当てにならない。  秀一は額に手を当てて下を向き、どっかりと椅子にもたれた。ここで強引に追い払っても瑞希は諦めないだろう。  逆に下手に刺激すれば、また発情してしまいそうだ。あがいても、運命からは逃れられないのだと、彼の存在が雄弁に主張していた。  こうなってしまっては、腹をくくって、どうしても瑞希と向き合わないといけない。偶然にせよ必然にせよ、それが秀一の巡りあわせ。  ドアの前から動かない瑞希へ、席に座れと、秀一から離れた場所を指して促した。出会ったときから互いが番に紐づけられた秀一は、果たして瑞希を、どこまで説得させられるのか。 「わかった。なら、少し話をしよう。だが条件がある。どちらかが少しでも発情しそうになったら、君をここに閉じこめて俺は去るから」 「わかりました。そしたら僕からもお願いが。お前とか君とかじゃなくて、瑞希、って呼んでください。日高……秀一さん」  大きな黒い瞳が、まっすぐ秀一に挑むように向けられる。腰を据えた、瑞希の潤む視線を受け止める秀一の片眉が跳ねた。  ずいぶん呼び慣れた口調だ。まさか秀一の存在を知っていたのか。尖った声音が口をついた。 「俺の名前をなんで知ってるんだ?」
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