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第30話

「動画を、見ました。何回も、何十回も。見た瞬間、どうしても、あなたの存在が頭から離れなかった。それで、僕は、あなたが日高秀一であることを知って、ここに来て……運命だと知った。僕は秀一さんと」  番になりたい、と。言うつもりだったのだろう。だんだん熱くなる口調を制し、秀一が片手をあげる。なるほど動画が元凶だったとは。  おそらく瑞希は、秀一と会うことを心待ちにしていたのだ。どうりで初対面を感じさせない接し方だ。  秀一は彼を知らなかったが、瑞希は何十回と夢のなかで秀一と出会い、二人で言葉を交わしたのだろう。秀一の動画を、見つめるたびに。 「悪いけど。さっきも言ったように、俺は君……瑞希くんと、番になる気はないんだ。俺には決めた相手がいる。だから番は諦めてくれ」  早口で手短に話すが、やはり瑞希は納得できない素振りだ。黒々する大きい瞳を吊り上げ、秀一を険しく睨んできた。 「それは、好きな人っていうのは、もしかして、あの動画にいた人ですか? あの、晴也とか言ってた……っ」 「それ以上は。詮索しないでくれるかな。俺が誰を好きになろうと、君に文句を言われる筋合いはない。何か、勘違いしているようだが。瑞希くんと俺は紛れもなく今日が初対面で、俺は初めて、君という存在を知ったんだ。そして俺は瑞希くんと関係を深める気はない。道でたまたま、通りすがった見知らぬ相手と同じだ。運命などと。君が納得できなくても些末なことだ。いつまでも俺にこだわるのは、得策ではないよ?」  きつい言い方になったかもしれない。瑞希はきゅっと唇を噛んで、悔しそうな顔をした。運命を信じ、憧れて。やっと見つけた唯一の番だったろうに。  わかっているからこそだ。ここで下手に優しくし、夢を持たせるほうが酷なのだ。一気に突き放さないといけない。傷が浅いうちに。  誰に何を言われようと秀一に番う気はない。秀一の意思をはっきり受け取った瑞希は、それでも理解できないと戸惑いながら首を振った。 「でも秀一さんは僕の番でしょう? 動画で見たあの人は、βだってみんな言ってました。αとβなんて上手くいきっこない。α性がとくに強い上位αなのに。Ωの僕なら、αの強い衝動を我慢なんかさせずに、本能のまま秀一さんをぶつけられても……ありのままに、受け止めてあげられる」 「いつ俺がお前に受け止めてほしいと言った? βだろうが運命だろうが関係ない。俺は、自分の気持ちをごまかしたくないだけだ。君とは番わない。帰ってくれ」  さらに冷たい声音と表情で突き放す。瑞希は白い頬を赤らめて、眼差しをきつくして、小柄な身体を小刻みに震わせた。  たった一瞬で全身が、本能が揺さぶられた存在だ。番を断られるとは思いもしなかったのだろう。運命の番とは、無条件に、互いが離れがたく惹かれあうものだから。  強力な磁石に吸い寄せられ、瑞希を見た瞬間に制御できない衝動を、秀一が感じたように。唇を噛んだ瑞希が、潤む瞳をさらに潤ませ秀一を悔しげに見た。今にも、泣きだしそうな顔で。 「僕は……諦めません。絶対にあなたと番になってみせます。本心では、ほんとは秀一さんだってわかってるんですよね? いま冷静でいられるのは、ただ抑制剤を、異常なくらい飲んでるからだって。本能が麻痺してるだけなんだって。薬が切れたら、ひとたまりもないって。惹かれてしまうのはごまかせなくて、僕たちは一瞬で求め合うんだ。だって僕たちは、そういう運命なんだから」  瑞希は捨て台詞を置いて勢いよく席を立つ。室内から振り切るように飛び出す後姿を、秀一はじっと眺めた。
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