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第32話
馴染みがない重低音に驚き、とっさに携帯を離し画面を見た。どうなっている。通話で表示された内容は晴也の携帯で間違いない。
なぜ、聞いたこともない男が晴也の携帯を持っているのだ。晴也のことを知らない口調でだ。携帯を握る手に力が入る。秀一の声が厳しく尖った。
「俺はその携帯の、持ち主の知り合いです。失礼ですがあなたは誰です?」
『……そうか。ならよかった。あんたの知り合いなら、病院のベッドの上だ』
「なんだって? 病院だと? どういうことだ」
『落ち着けよ。大事には至ってない。詳しく聞きたいならここへ来ればいいだろ。場所を教える』
晴也の置かれた状況が全く読めない。すぐさま秀一は、晴也がいる病院を聞き、慌てて荷物をかき集めた。
***
誰でも一度は見聞きする総合病院の外来だ。白いベッドがいくつも整列して横に並ぶ。消毒液の匂いと、無機質な機械音と、心配げな話し声。
独特な空気が漂うなか、一台のベッドを仕切るカーテンに囲まれて晴也は眠っていた。左のほっぺたに、大きめの絆創膏をされて。
青白い顔色をした晴也のそばには、秀一が初めて顔を合わす男がひとり椅子に座る。電話で対峙した、低い声の持ち主が。
「つまり……、あなたの車と接触事故を起こしたと?」
「起こしかけた、だ。ぶつかってない。こいつがひとりでふらふらしてずっこけたんだよ。なんにもねぇところなのによ。こんな鈍くさそうなやつ、見たことない」
喫茶店の帰り、晴也はバス停に向かう途中で事故にあった。いや、事故にあいかけた。危うく難を逃れたが、晴也は見るからに動揺していたらしい。
徐行していた車の前で盛大にこけたらしく、けがの手当てのために事故相手……ではなく目の前の男に、病院に運ばれたという。
晴也の通話履歴に、秀一の名前がいちばん初めにあったから連絡をくれたのだ。
見るからに気が動転していた晴也は、けがの処置と簡単な検査を済ませ休ませてもらったそう。気疲れしたのか、そのまま寝入り、今はすやすやと眠っている。
「そろそろ起きるんじゃないか? おおかた一時間くらい寝てる」
「そうですか。それは……晴也が、世話になりました。ありがとうございます。あとは俺が」
「それ。その、名前だけど。こいつハルヤっていうのか? 本名だよな? 間違いない?」
思わぬほど、強い声音が秀一の言葉を遮った。今度はなんだ。頭を下げた秀一は顔を上げまじまじと男を見た。
柔和な秀一とは一味違う、男性的な色香がある。何かスポーツをしていそうな見惚れる体格だ。引き締まった凛々しい顔立ちは、筋肉質な体形にとても似合う。
太めの眉は男らしく眉尻が上がり、目鼻立ちは堀が深い。雄々しいけれど、奥二重の瞳がどことなく優しい。
コートと上着を脱いで、ワイシャツにネクタイの格好だが、綺麗な逆三角形はスーツ姿が様になった。
α独特の、高圧的なフェロモンは感じられないからβだろうが、αの秀一と見劣りしない。αと言われたら頷いてしまいそうだ。
男はそんな眼光を鋭くさせて、落ち着きなく腕を組む。焦燥にかられた仕草で指先をトントンと動かしていた。
晴也ばかりに気をとられていたが……そういば男も、どことなく様子がおかしい。と感じる。
そのとき初めて秀一は目の前の男に違和感を抱いた。やはりおかしい。鈍くさいと言いながら、見ず知らずの晴也のそばに付き添ってずいぶん心配していた。
面倒くさそうにしながら一時間近くもだ。受診したとき晴也の名前も聞いただろうに、なぜ改まって秀一に確認する必要がある。
冷静になって考えてみれば次々と疑念がわく。秀一は、いぶかしげに眉をひそめた。
「そうですけど……、あの、あなたは」
「いや……。ハルヤ、ハルヤか……なぁそいつってさ」
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