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第34話
目を見開き、衝動的に晴也の細い指先が、左腕に刻まれた晃司の文字をなぞっていく。晃司の肌に触れた指先がぴくんと跳ねた。
「う……っ?」
とたんに晴也の白い頬がうっすらと赤らんでいく。晃司に触れていない晴也の手のひらは、自分の胸を探り、心臓あたりをぎゅっと握った。息も乱れ、どことなく様子が変だ。
「晴也さん……どうかしたんですか? 胸が苦しい?」
「う。わ…、わかんない、んだけど。なんか、ドキドキして」
困惑した口調で晴也がいう。すると目の前で様子を見る晃司が、ふっと、きつい目元を緩めた。
逞しい腕の文字をなぞる晴也の指先を掴み、分厚い胸元に掴んだ手を引き寄せる。晴也の手のひらを、晃司の胸に押し当てる仕草をした。
「俺も、ずっとどきどきしてる。伝わるだろ? これってネームバースの刻印が、運命の相手だって言ってるらしいぜ」
「え?」
「聞いたことないか? ネームバースの運命について。ハルヤは、隠れバース保持者だけど、ネームについては何も知らないんだな……?」
自分の変化に戸惑う晴也を見つめ、晃司が確かめる口調で言う。
どうやら隠れバース性について、晃司は熟知しているよう。対して晴也は何も知らないと、恥ずかしそうに身をすくめた。
「はい……、あんまり」
「みたいだな。ネームバース自体が、ずいぶん前に衰退した第二バース性だしな」
知らなくても当然かと、晃司が呟いた。
秀一も詳しいことは知らなかったが。フェロモンで結ばれるのが現代の第二バース性なら、刻印で結ばれるネームバースは、刻印者と出会えば無条件に惹かれあうらしい。
胸がはじけるように動悸がし、呼吸が早まり、熱っぽくなって頬が染まり。相手のことが気になって、ずっと一緒にいたい衝動に駆られるそう。
姿が見えないと落ち着かなくて、まるで一瞬で、恋に落ちた感覚に満たされる。
「それだけじゃない。わかるか、触ってると心地いいだろ。もっと俺に、触れていたいだろ? これ……オフレコなんだけど。ネームバースの運命同士でアレをしたら、そこらの奴じゃ満足できないくらい、キモチよくなるらしいぜ」
「えっ。お、俺……っ。そんなんじゃ。か、勝手に触って、ごめんなさい」
オフレコ情報に声をひそめて、晃司が晴也の耳元に唇を寄せる。目の先で囁かれた晴也は、真っ赤になって、晃司の胸に触れた手を慌てて離した。
素直で初心な様子に、晴也を見つめる奥二重が和らぐ。ワイシャツからすらりと伸びる喉元が低く揺れた。楽し気に、または嬉し気に。
「なぁハルヤって、どんな字で書くの?」
「……晴天の晴れに、なりです。えぇと、何円也のなりとか、池からさんずいとったやつ」
一度視線を下げた晴也の目が、晃司の刻印にまた移る。その視線を秀一も追えば、不思議なことに、晃司の刻印が濃くなったような気がした。どことなくだが黒い色も変化している。
目の錯覚かと思うくらいの、微かな変化だ。しかし晴也も気づいたらしい。刻印を見る晴也の瞳が丸くなった。
「あれ。なんか、明るい青色っぽく? なったような……?」
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