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第35話
困惑する晴也の声に、晃司が自分の二の腕に視線を向ける。ひとり納得した様子で、どうってことないと口を開いた。
「あぁ……そういや運命の刻印が近づくと、イニシャルが互いの色に染まったり、蛍光色みたいなったり、濃くなったりするんだってさ。染化 っていうらしいぞ。たぶん、晴也の刻印も、色が変わってるんじゃないか?」
うなじを噛んで番になるように、ネームバースは刻印の色で結びつきを見るという。
ただ触れ合うだけでなく、肉体的にも精神的にも固く結ばれたら、染化は離れていても、どこにいても持続される。
何度も何度も結びつきを深めて染化を繰り返せば、永久的に染化され、ついには結束されるそう。αとΩの番と同じだ。
結束すれば、刻印同士の細胞が活性化され、より強い安心感や充足感、満足感を得る。感覚が研ぎ澄まされ、己が秘める隠れた能力さえ発揮することもあるらしい。
だが一方で、一度結束した運命同士が長いあいだ離れたら、食欲がなくなったり、聴覚や嗅覚といった五感が一時的に閉ざされてしまうという。
「ようするに。刻まれた色が変わるくらい、運命で結ばれるっていうことだな。αやΩに運命がいるように、俺たちβにも、どこかに運命がいるんだってさ」
晃司がにかっと晴也に笑いかける。晴也は首筋まで真っ赤にして、首をひょこっと縮こませた。
うっすら染化した、晃司の刻印をちらちらと盗み見る。だがその文字は、すでに元の黒色に戻っていた。
見間違いかと思うほど一瞬だけ変わった色。緑と青のはざまのような澄んだ青は、晴也の好きな色だと秀一は知っていた。
名前のとおり晴天の、晴れた青空が好きだから。澄んだ、綺麗な青い色が好きなのだと、晴也自身から聞いていたから。
唸るように喉を鳴らし、秀一は、晴也の手首を掴んで思い切り引き寄せた。
「わ……っ」
「帰ろう晴也さん。失礼ですが、武藤さん。晴也さんの診察代は俺が出しておきます。助けてくれて、ありがとうございました」
晴也の手を強引に引き寄せ、秀一は晴也を隠すように背後に押しやる。秀一の背丈をわずかに超える晃司へ軽く会釈をした。
敵意を剥き出しにする秀一に状況を察したのだ。晃司は余裕の笑みを浮かべ、男らしい顎先に指を添えた。秀一に真っ向から向かいあい、低い声を紡いだ。
「へぇ……。すでに、αの横恋慕がいたとはな。でも関係ねぇな。どっちにしろ俺たちが、刻印で繋がってるのに変わりねぇし。これ、俺の連絡先。今度は邪魔がいねぇとこで会おうぜ?」
二人きりで。晃司は胸ポケットから名刺を取り出して、後ろで固まった晴也に渡す。たくし上げた身なりを正すと、秀一たちの横を通り過ぎた。戸惑う晴也を流し見して。
息をのんだ晴也の手が、ぎゅっと名刺を握り締める。すれ違いざま、晴也の薄い肩をぽんと叩き、晃司は病院から立ち去った。
***
「あっ、ま、待って……っ、日高さ……っ」
普段ならこんな乱暴はしないのに。病院から晴也を連れ出し、バス停ではなく自分のマンションに連れこむ。晴也の意思も確認せず。
有無を言わさず寝室に押しやり、強引にベッドへ押し倒した。
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