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第36話

 荒っぽく投げ出した細い身に伸しかかる。緊張した、短い晴也の吐息を聞き流し、真上から覆いかぶさった。秀一の厚い胸を押し返す手首を鷲掴みシーツに縫いつける。 「あっ、日高さん……っ、まって、やだ……っ」 「なんで? どうして俺を拒むの。晴也さんが運命と出会ったから? あの男のほうがいい? 俺よりも」  晴也の両手首を抑えつけ、逃げられないよう拘束する。今さら逃がしてたまるか。  心地いい穏やかな声も柔らかな嬌声も。白い肌も、熱い吐息も髪の毛一本すら。右の胸に刻まれた、生々しい刻印でさえ。晴也の全部は秀一のもの。  一度でも晴也の体温を知ってしまったら。甘い吐息に揺さぶられたら、もう二度とこの手を離してやれないのだ。  すでに晴也の身体は知り尽くしている。どこをどうすれば快楽に流されるのかも知っている。  掴んだ手のひらに力をこめれば、二人分の体重を受け止めたベッドが、ぎしりと重く沈んだ気がした。 「い、いた……っ」  息さえ触れそうな距離で抑えこめば、下から悲鳴じみた声が上がる。秀一ははっと、伸しかかる体躯を起こしあげた。  それでも晴也の手は離さず、拘束の力を緩めるだけに留める。再び、ゆっくりと覆いかぶさった。びくりと晴也が身を竦めた。 「あ」 「俺が怖い? なんで、そんなに震えてるの」 「ち、が……怖く、ない、よ……」  怖くないと言いながら晴也は身を固くする。秀一の雰囲気が、いつもと違うからだろうか。  晴也をめちゃくちゃに貪りたい。奥底から、果てなく湧き上がる欲望を、本当は抑圧なんてしたくない。身体が心が本能が、求めるまま繋がりたい。それが伝わってしまったのかも。  αでも特に独占欲が強くて、荒々しい。こっちの凶暴さが秀一の本性なのだと、晴也が知ったら幻滅されるかもしれない。もしくは逃げ出したくなるのかも。  申し訳なくて、悲しくて……可愛すぎて。秀一は耐えるように表情を歪めた。倒れた拍子で、黒髪がはだけた晴也の額に歪む唇を寄せる。 「ごめん、俺……もう晴也さんを、手放してあげれないんだ。怖がらないで。俺を、拒まないで。晴也さんの運命じゃなくても俺を、受け入れてよ……」 「あ……」  拘束する晴也の手首を解放し、かわりに全体重をかけて痩せた身に伸しかかる。硬い胸板で圧迫すれば、晴也のどきどきする鼓動までもが伝わってきた。  晴也の顔の両脇に置いた、自分の手のひらをぐっと握り締める。少し前に、自分でつけた傷が疼いた。秀一の握りこぶしに目線を移した晴也が、震えた声を出した。 「こ、怖くないよ。ほんとだよ。だって日高さんは、いつも俺を、いちばん大事にしてくれるから……。どんな日高さんでも、俺を、大切にしてくれると思う、から……。だから、そんな顔しないで」  なぜか晴也のほうが泣きだしそう。強引に抑えこまれながら、晴也は空いた両腕を秀一の首筋に添えてきた。秀一の歪む表情と心を包むように、抱き返してくれる。  この優しい温もりを、手放したくないと思うのは独りよがりか。 「晴也さん俺、不安なんだ、すごく」  乱暴な真似をして、困らせて。どうしたらいいのかわからない焦りが襲う。  秀一が運命と出会ったこと、晴也が運命に奪われそうなこと。人見知りの晴也が、初めて会った晃司には、どことなく気を許していたこと。  これまで築いてきたものが一瞬にして、危うくなりそうな危機感だ。無理やりでも、晴也の息づかいや体温を感じずにはいられない。 「お願いだから……俺を受け止めて。晴也さんを、抱きたい」 「う」  秀一に伸しかかられながら晴也はぎゅっと目を閉じる。うっすら赤い晴也の耳元を軽く啄めば、首筋まで赤く染め、こく…と小さな頷きが返された。  秀一の首筋に絡まる晴也の両腕に、力がこめられ、より一層二人の身体が密着した。 「いい、よ……。俺も日高さん、欲しい……どきどき、する」  平らに重なりあった別々の心臓が、互いの胸を叩くよう。これが、運命じゃないならなんだという。

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