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第43話
「それ本気で言ってるの?」
『私が冗談を言うとでも?』
疑問を疑問で返されたが返答には十分だ。やはり信彦は、冗談を言わない。けれどそれなら余計にお断りだ。
「だったらやっぱ、そんな話は俺じゃなくてさ、慶兄でしょ」
順番で言えば秀一ではなく、四つ上の慶光 が先だ。慶光は日高の次男でもうすぐ二十九になる。一番目の兄は、すでに番を持ち今は海外にいた。
お門違いの婚約話がなぜ秀一に舞いこむのか。納得いかないと、秀一は速攻で拒否した。
ただでさえ昨日晴也から、あのいけ好かない晃司と会うことになったと聞いたばかり。詳細な日時は未定だが、いかがわしい場所に連れこんだら殴り飛ばそうと誓ったところだ。
晴也の気持ちは疑いようがないし、晃司と深い関係にならないと思ってはいるが。正直内心は複雑だ。これ以上余計なことをして、掻き乱さないで欲しいのに。
『そういうな。相手が誰かも聞かないのか?』
「興味ないね。誰だろうと、そんなのしないから」
通話の向こうで面白そうな声がする。喉を揺らした信彦の声を聞き、秀一はくだらないと吐き捨てた。だが。
『悪くない条件だぞ。なんといっても、あの穂波家からの縁談だ』
「……穂波?」
『そうだ。いくら興味がないとはいえ聞いたことはあるだろう。あの穂波だ』
愉快そうな、意味ありげな信彦の言葉に秀一の眉が跳ね上がった。まさか。秀一が関わる穂波と言えば瑞希のこと。
しかし、信彦が悪くないと言う穂波は瑞希自身のことではない。おそらく、その家名。
「まさか、穂波って」
『そのまさかだ。世代にわたり、長年政界を牛耳る政治家だ。そこの次男が、ぜひお前と縁談を結びたいと言っているぞ』
数々の政治家を世に排出し、現在も活躍中だ。いまや政界では誰もが知る穂波家だ。そこの次男だと。瑞希がか。
どことなく育ちは良さそうには見えた。だがそれにしては妙だ。秀一が知る穂波家は、αの兄妹が二人のはず。Ωの次男がいるなんて初耳だ。
実際に今まで何度か、穂波家が主催する社交界に参加したことはある。けれど次男の話題なんて聞かない。トップクラスの数あるパーティーに、Ωの次男が顔を見せたこともない。
瑞希がいたら、とっくの昔に運命と出会っていたはず。秀一の疑問を払拭するように、信彦の声が届いた。
『すでにこの時世で、政界を代表する穂波はサラブレッドのα一家だからな。結婚相手は必ずα同士にこだわり子もαばかりだ。次男のΩは、イレギュラーだ。彼は、社交界で顔は売らない』
政界のトップにこだわり、αを常に優位性とする穂波家だ。家系もαばかりを輩出する。Ωの瑞希は底辺に位置付けられ、ほとんど表に出されなかった。
政界を牛耳る権力があれば人の口を塞ぐのもたやすい。αの兄と妹に挟まれ、瑞希の存在は知らない者も多いのだ。
むろん、穂波家に恥じない教育は受けただろう。瑞希の堂々とした振る舞いは理知的でさえあった。
一般的なΩよりも裕福に育てられただろうが、Ωというだけで、ずいぶん肩身が狭かったはず。
『次男のΩだけは名前は聞いていても、私も顔を見たことがなかった。だというのにその彼が、お前と婚姻したいそうだ』
「はっ……。ふざけんな。俺は嫌だ」
秀一を諦めないと。番になってみせるとはこのことか。世を代表し、あらゆる実権を握る穂波家なら、嫌がる相手をねじ伏せるのはお手のものだ。
あのまま簡単に引き下がらないだろうと、思ってはいたが。こんな手を使ってくるとは。嫌悪感を露わにすれば、対照的な、緩やかな信彦の声が返された。
『運命を見つけたと、言ったそうだ。それを知ったうえで、穂波からの縁談をないがしろにはできん。向こうの顔は潰せんからな。ひとまず婚約はしろ』
強制的に事を進める信彦に、秀一はたまらず反発の声を出した。無駄とわかっていても、このまま言いなりになどなりたくない。秀一には晴也がいる。
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