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第44話

「俺は……っ、あいつとは番わない」 『そんなに嫌か? 運命なんだろう? 結婚しろとまでは言わん。どうしても番にしたくないなら、機を見て破談にすればいい。婚約破棄などよくある話だ』  世間の話題になりやすい日高にすれば、政治家と繋がるのは、願ったり叶ったりだ。穂波を刺激して敵に回さず、上手くなだめて友好関係を築くほうが身のためだ。  穂波にとっても、大手グループの日高と姻戚関係を持てるなら満更でもないのだろう。 『穂波とは、顔合わせの日取りも決まっている。お前に貸した借りを、私に返せ』  以前に貸した借りを今ここで。縁談が気に入らなくても、秀一に拒否権は与えないと信彦が言う。秀一は苛立ちも露わに声をつめた。  たしかに借りはある。穂波を敵にできないことも重々わかる。だが頭でわかっていても納得いかない。 「俺は今、付き合ってる相手がいる」 『それは本気で付き合っているのか? 同じαならまだしも。βの男と付き合っても、お前の種を残してはくれんぞ。むしろαは、抑圧されることのほうが多い』  釘を刺され、秀一は握り締めた携帯を横目に睨んだ。どうして信彦が、晴也のことを知っている……などと、わかりきったことなど問い詰めない。  秀一が晴也を囲った時点で、やはり晴也の存在は日高に筒抜けだ。わかっていてもいい気はしない。 『実に平凡だったな。日高グループに取り入るあくどい奴かと思えば。あれほど念入りに、身辺調査しても何も出てこん。面白味もないβだ』  瑞希のような華やかさも何もない。秀一が本気で付き合うとは思えない。運命を振り切るほどか。声には出さない、信彦の疑念が聞こえるよう。  誰もかれも、口をそろえて同じことばかり。運命がいい、βは駄目だと。  だとしても、晴也を諦めるつもりはない。秀一は、瑞希に発情はしても、晴也のように恋しいとは思わないのだから。 「父さんが認めなくても、俺は本気だって言ったらどうするんです?」  対立する秀一の険しい声音に、電話の向こうで、信彦がふっと笑う気配がした。 『そうかっかするな。認めないとは言っていない。お前が本気なら構わん。私の跡取り候補は、お前意外にも二人いるからな。あいつらはお前よりも私に協力的で、優秀だ。だが穂波を振るとなると厄介だぞ。どうしても穂波と破談にするなら、せめて旅館の事業を成功させてみろ。そうすれば口だけでなく、お前にも力があると認めてやる』  認めさせてみろ。秀一自身の力で。どんな相手からも晴也を守れるように伸し上がれ。そのためには、時には牙を隠し、研ぎ澄ますことも必要だ。  形だけでも婚約はしろと釘を刺されてしまう。すでに日取りも決まっている、断るなど論外だ。  秀一が断れないと知っていて話を持ち掛けてくるとは。相変わらず、父のやり方は抜け目がなくて腹が立つ。苛立ち紛れに、秀一は強引に通話を切った。 ***  何が、「この後は若い二人で」だ。両家の顔ぶれがそろうなか、話の途中に出たフレーズを心のなかで吐き捨てた。  日高と穂波の顔を潰さないよう、縁談には承諾した。けれど、秀一と再会を果たした瑞希の顔を立ててやる気はさらさらない。

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