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第42話
「俺は、晴也さんしか欲しくないです」
年上で平凡な。でも誰よりも可愛らしい。いつも全力で愛したいのは晴也だけ。秀一が言い切れば、晴也はつぶらな目と口をきゅっと崩して、秀一の首元に抱きついてきた。
「お、俺……ほんと、とりえもないβで、日高さんになんにもしてあげられないし……。鈍くて、日高さんを傷つけちゃうかもしれないんだ、けど……。お、俺、日高さんが、す、き、だから。お、Ωの人に、いかないで……」
秀一を苦しめてしまうかもしれない。いつの日か重荷になるかもしれない。好きになる相手を間違えているかもしれない。それでも秀一は、晴也のそばにいて欲しい人。
「す、好きになって、ごめんなさい……」
ぎゅうっとしがみついてきた、晴也の苦しい告白に秀一が息を詰める。必死に抱きしめてくる晴也を、さらに強い力で抱き返した。
晴也と関係を持つ前は、真っ白な不器用さが可愛かった。そして今は、臆病な愛し方さえ愛おしい。
かすかに震える晴也の首筋に唇を寄せる。自信なさげな、晴也の耳たぶをがぶりと噛んだ。
「あっ。な、なんで」
「俺を信じてくれないからです。晴也さんがつけてくれる傷なら、俺は傷痕さえも愛せますよ。それに、俺が傷ついたら、こうやって頑丈に手当てしてくれるでしょ? 俺の気持ちは変わらないよ。だから晴也さんも、覚悟して。むかつく運命にはなびかないでくださいね」
耳元を押さえ、秀一に耳を噛まれた晴也が頬を赤く染める。抱きつく両腕を離し、晴也はちょこんと秀一の手を引っ張ってきた。
「お、俺……。俺も、コウジさんのとこに行かないよ……。だって俺、俺は、日高さんがいてくれたら、それで幸せになれる、から」
秀一が息をのんで晴也を見つめた。目と鼻の先で凝視する瞳に、晴也が居心地悪そうに視線を下げる。遠慮気味に秀一を掴んだ晴也の手は、緊張しているのか震えていた。
首元まで赤く染める晴也に、秀一は貪りつくようにキスをした。
「もう一回、言って。俺を好きだって」
「ぅ…ん……っ、ひ、だかさんが……好き」
ぎこちない晴也の吐息まで。零れ落とさないように秀一は何度も晴也に口づけをする。どこまでも不器用な愛し方が、温かくて心地よく響く。
互いの気持ちがここにあれば、どんな運命だろうと断ち切ってやる。この気持ちは、本物だ。
***
「はぁ? ちょっと待ってよ。俺に何をしろって? 父さん?」
あまりに唐突な話だった。待ち焦がれた晴也と両思いになった矢先。父の信彦から衝撃の電話をもらうとは、誰が予想しただろう。
手に持つ携帯は銃か何かか。秀一は天にも昇る気分を撃ち落とされ、天国から地獄へ真っ逆さまだ。
『婚約しろ』
「冗談じゃない。俺はごめんだから。婚約なんて今どき流行らないだろ。どうしても…ってんなら、俺じゃなくて慶兄 に頼んでよ」
αとΩが婚約を結ぶなんてひと昔前の話だ。厳格な父の声音が耳をかすめ、秀一は携帯を握り締めた。言い返す声音がリビングに広がる。
いい気分で夕飯を食べていたのにマズくなりそう。珍しく、父から突然の電話があったと思えば。まだ二十代半ばの三男に持ち掛ける話か。どういうつもり。もしや、新手の冗談か。
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