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第47話

 なぜ晴也がここにいる。晴也の隣には、顔つきを険しくした晃司もいた。今日は確かに晃司と会うと聞いていた。けれど、大型ホテルではなかったはず。なのになぜ。  力を失くして呟けば、晴也は弾かれたように身を跳ね上げた。 「あ……っ、ご、ごめんなさい……っ、俺……」  凝視する秀一の視線から逃れ、晴也は落とした手荷物を慌てて拾う。まっさらな袋に入った、いくつかのお土産だ。  かさ、と拾い終わり、下を向いた晴也の手は遠目でも震えていた。動揺を隠せない晴也は秀一と顔を合わさず、勢いをつけて背を向けて逃げ出した。 「晴也さんっ! 待って!」  壁際で身を固くする瑞希を置き瞬間的に晴也のあとを追う。しかし駆け出した足は、立ち塞がった大きな存在に阻まれた。秀一の目の前に立った、晃司によって。  目線がほぼ同じ高さで晃司の鋭い眼光と低い恫喝が飛んだ。 「そこのΩと……婚約だって? αさんよ」 「どけよ!」 「聞き捨てなんねぇな。あんたは晴也の恋人なんじゃなかったのか」  突然現れた険悪な形相に、瑞希の大きな瞳が秀一と晃司を行き来する。瑞希の動揺が伝わってきたが秀一自身も混乱している。  瑞希の視線を受けて、晃司は侮蔑の眼差しを投げると口元を歪ませた。 「ここに来ると、たいてい好きな趣味が見つかるんだよな……。だが晴也の趣味を見つけるより先に、αとΩの浮気現場に出くわすとはな」 「黙れ!」  言い争う暇はない。とにかく早く、晴也を追いかけないと。厳しい視線を向けて邪魔だと、晃司の横をすり抜けようとした。  だが通り過ぎたとき、痛いほどの強さで晃司が秀一の腕を掴んできた。 「あいつを傷つけるんなら俺がもらう。あんたはそっちのΩと、よろしくやってろよ。そいつが、あんたの本当の運命なんだろ」 「お前……っ、放せ!」  秀一が声をあげれば、腕を鷲掴んだ晃司の拳が空を切った。避けられないほどの早さで秀一の口元を強打する。骨がぶち当たる、鈍い音が響き渡った。 「っぐ」 「秀一さん!」  体勢を崩した秀一の背を瑞希に受け止められる。軽いめまいに襲われた。じわ、と鉄の味が広がれば、唇の端に血がついた。歯を食いしばる、暇もなかった。  血を拭い、動きを止めた秀一を一瞥し、晃司はためらいなく晴也が去ったあとに続く。秀一も急いで続こうと身を立て直した。しかし背中の服を掴まれ、力いっぱい引っ張られた。 「な……っ」 「秀一さん! 駄目です、傷を冷やさないと」  瑞希ががむしゃらに秀一の腕にしがみついてくる。反対側を振り返り、もう一度視線を戻せば、晴也を追う晃司の姿はとっくに消えていた。 「くそ……っ」  昂ぶった気を落ち着かせようと、片手で自分の額を覆い天井を仰ぎ見る。  晃司に頬を打たれ、瑞希に糾弾され。晴也に目撃されて。血が上った秀一の頭がパンクして、急激に冷えていくよう。 「秀一さん……」  自身を落ち着かせるためにも大きく息を吸いこんだ。額を覆った手を握り締め、口元を拭う。あちこちに手をつけていったい何をやっている。  晴也に逃げられて当然だ。こんな問題だらけの状態で晴也と向き合っても意味がない。今の秀一は、何もかもが中途半端だ。  晴也を傷つけたくなくて、こっそり瑞希と婚約した。あげくキスを交わすところを 見られてしまった。晃司の言い方からすると、会話も聞かれていたのだろう。  最初から断れない縁談なら、晴也にきちんと説明しないといけなかった。瑞希とも、ちゃんと向き合うべきだったのだ。こんな事態を招く前に。  秀一は、必死に腕を掴む瑞希に目を向けた。 「手を、離してくれ……わかったから。もう一度、ちゃんと話そう」

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