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第49話

 ただ、発情して繋がって、離れられなくなる存在。恋とも愛とも呼べない。気まぐれに絡めれた運命の悪戯だ。  自分自身も知らずに与えられた強引な巡り合わせは、ともすれば、幸福にも苦痛にも成り得るのだろう。そんな繋がりが本当に欲しいと思えるか。  確実にわかっていることは、信じられることは。自分が愛する人と結ばれたら、それが奇跡のような幸せになるということ。運命じゃなくても。 「好きになった人と同じくらい好きになってもらえて、一緒に同じ時間を過ごせたら。俺にとってはそれがもう、運命みたいに感じるんだよ。瑞希くんもいつか、そんな人と出会ってほしい」  自分を繕わない、本音で言い切った秀一の言葉に、瑞希が目を見張る。秀一を掴む瑞希の手から力が抜けた。唐突に、憑き物が落ちたように。 「どうしても……僕では、駄目なんですね。あなたと僕は運命だけど、恋人にはなれないんだ」  瑞希の黒々する大きい瞳から、はらりと大粒の雫が落ちる。運命との決別に、秀一の胸が微かに痛んだ。瑞希の前髪をそっとかき上げ、露わにした白い額に、柔らかく唇を落とす。  ついさっき瑞希がしたような、痛みを伴うキスではなく。真心をこめた、餞別を送る素振りで。 「瑞希くん自身が求める幸せを、掴んで、結ばれるように願ってる。運命に関わらず、運命じゃなくても。君だけを本当に愛してくれる人と」 「ふ……っ」  秀一はそう言うと、涙を流す瑞希から背を向けた。今度こそ、晃司が去っていったあとを追う。晴也を追いかけて。 ***  ぜぇぜぇ息を切らして周辺を走り回った。ホテルを飛び出し、細い道から大きい通り道まで全部。晴也も晃司もβだからフェロモンを辿れない。電話にも出てくれない。  秀一を信じていた晴也は傷ついたはず。瑞希に口づけられたとき、晴也は目を見開いて泣きそうになっていた。瑞希のことを黙っていた、秀一が悪い。  ひたすら探し続け、汗をぬぐった視線の先だ。車が行き交う信号の向こう側に、見知った影が二つ、見え隠れした。 「晴也さん!」  三車線はある広い道路を挟み、晴也と晃司が向き合っている。晴也は晃司に腕を掴まれ、懸命に何かを話していた。晃司はこたえるように、晴也を腕に抱き寄せる。  晴也が、晃司の胸に顔を埋めた瞬間だ。秀一は瞼の奥が焼ける気がした。 「晴也さんっ!」  何度も晴也の名を呼ぶが届かない。信号は赤のままだ。すると一台のタクシーが、二人のそばで停車した。  晴也は力尽きたように晃司に寄りかかり、肩を抱かれ、二人でタクシーに乗っていく。乗りこみざま、晴也を腕に抱いた晃司の視線が、秀一を見た気がした。

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