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第50話

「あの野郎っ」  二人を乗せたタクシーが走り去るのを、秀一の視線が虚しく追う。二人きりでどこに行くつもりだ。晴也は晃司に身を寄せてすがっていた。  もしも晃司が、傷心の晴也に手を出したら。秀一は怒りで、晃司をどうにかしてしまいそうだ。来た道を引き返し、ひとまずホテルへ戻る。  どうする。もう一度連絡を入れてみるか。力なく携帯を取り出した。しかしやはり電話に出ない。とりあえずメールを打つが、既読にすらならなかった。  急いで車に乗りこんだものの、晃司の行き先に見当もつかず、時間だけが刻一刻と過ぎる。周辺の建物を、しらみつぶしにあたってみるか。  それらしき場所を調べながら車を移動させる。だが無理だ、多すぎる。しだいに、今が何時かえわからなくなった。  動きのない状況に行き詰まり運転席から外を覗けば、そろそろ夕焼け空だ。顔合わせから数時間くらい経ったのかと思ったとき、秀一の携帯が音を鳴らした。  とっさに耳元へ押し当てる。聞こえてきたのは先ほど言い合った、いけ好かない男だった。 『よぉ俺だ』 「お前……っ! ふざけるな。今どこにいるんだ? 晴也さんを、どこに連れて行ったんだよ!」 『うるせぇな。耳元で怒鳴るなよ。そっちだって、晴也に隠れて運命同士でよろしくやってたんだろ。なら俺たちも、運命を抱いて何が悪い?』  返ってきた言葉に秀一の視界が焼けてしまう。空一面の夕焼け空が、秀一の思考を埋め尽くしたようだった。とてもじゃないが冷静に振る舞えない。  ぎりぎりと歯を食いしばり、秀一は喉元を震えさせた。 「晴也さんに何かしてみろ。ただじゃ済まさないからな。場所を教えろ、今すぐ!」  唸り声とともに秀一が低く凄む。電話の向こうで、晃司の短い冷笑が聞こえた。余裕さえ感じさせる、重低音の声音が秀一の耳を突いた。 『さぁ。もう手遅れかもしんねぇぞ? 現実を受け止める覚悟があるなら、来ればいいさ』  意味ありげな晃司の言葉に、秀一が携帯を潰さんばかりに握り締める。最後に付け加えられた場所を聞き、秀一はすぐさま車を走らせた。 ***  大型ホテルから少し離れた、ビジネスホテルにも使われる場所だ。晴也と晃司がいるだろう部屋に、秀一は息を切らせて駆けこんだ。  勢いをつけて室内のドアを開ける。目の先に入ってきた光景に、目じりを吊り上げた。晴也はベッドに横たわり、晃司はベッドサイドに腰かけている。  ドアを蹴飛ばす勢いで乱入した秀一と、晴也から目線をあげた、晃司の瞳が衝突した。 「ずいぶん早いご到着で」 「晴也さんに、何かしたのか……っ」  殺気立つ秀一とは対照的に、晃司は両肩をあげてひょうひょうとする。秀一は大股で、体格のいい晃司に詰め寄った。  晃司が身に着けるワイシャツは、ボタンがほとんど外れている。中途半端にはだけた襟元を、秀一が引き千切らんと掴み上げた。 「言えよ。晴也さんに、手を出したのか」 「怖ぇな。そんな形相で追いかけてくるなら、初めから浮気なんかしなきゃよかっただろ。考えてみろよ。自分の唯一の刻印者がだぜ。泣きながら縋りついてくれば、誰だって、慰めてやりてぇ、って。思うんじゃねぇのか?」

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