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第七章 隣の学生さん④
お隣さんが昨晩何時まで愛し合っていたのか、僕は知らない。向こうが静かになる前に、眠ってしまった。おかげで寝不足だ。
しかし、あの彼氏もよくやるものだ。普通、もっとパートナーの体を労わったりするものじゃないのか? どれだけ絶倫なんだよ。というか、それに付き合えるお隣さんも、尋常でない体力の持ち主なのかもしれない。僕には真似できそうにない。
「准、忘れ物!」
玄関を開けた時、ちょうどお隣さんと鉢合わせた。昨晩遅くまで絶倫彼氏に付き合わされたくせに、そんなことは微塵も感じさせないほど爽やかな顔をしている。艶々の肌に、薔薇色の頬、唇なんかは特に魅力的だ。
「おっ、はよう、ございます」
爽やかに挨拶したかったが、噛んでしまった。お隣さんは形のいい唇を緩めて、「あんたも朝早くから大変だな」と微笑んでくれた。けれど、それだけだ。僕の前をあっさり通り過ぎ、駐輪場で原付バイクを出そうとしている彼氏の元へと飛んでいく。
「てめェ、鍵なくてどうやって行くつもりだよ」
「悪りィ悪りィ。待ってりゃ届けてくれると思って」
「おれを当てにすんな。てめェで取りに来い」
「でも結局来てくれたじゃん? やさしー、歩くん」
「バカにしてんだろ」
鍵なんて、階段の上から放り投げれば済むのに、わざわざ下まで行って手渡しで届けてあげるなんて。そうまでしてあげたいと思う相手が、彼にはもういるということだ。それは決して僕ではなく。僕は決して彼の隣には立てない。
不意に、彼氏の方と目が合った。向こうを向いたお隣さんの肩越しに目が合った。男はいやらしく目を細めると、彼の美しい黒髪にそっと手を触れた。
あっ、と思わず叫びそうになった。唇が重なった、と思った。角度的に、決定的な証拠となる場面を目にすることはできなかったが、少なくとも僕の視点からは、二人の唇が重なったように見えた。
彼が怒って、男の頬をぎゅっと抓った。その反応から考えても、やはり唇は重なったのだろう。男は彼に叱られながらも、へらへらと品のない笑みを浮かべていた。僕のことはちらりとも見なかった。
戦う前から勝敗は決していたのだ。僕に勝てる見込みはなく、一欠片の望みさえなく、そもそも、勝負の場に立つことすらできていなかった。
あの彼氏のどこがそんなにいいのだろう。下心丸出しって感じのスケベな顔をしているし、髪型も変だし、軽薄で不真面目で信用ならないといった雰囲気なのに、あんな男がどうして彼の心を捉えて離さないのだろう。
こんなことを言って僻んでいるけれど、結局のところ、あいつは僕よりも男としてずっと格上ということなのだろう。少なくとも、お隣さんはそう思っている。彼にとって、僕はただのお隣さんだ。隣室に住む貧乏な学生。それ以上でも以下でもない。
駅に向かって自転車を走らせる。湿った風が頬を撫でた。
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