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第八章 君のいる八月⑧ ♡
窓を開けると、磯の香りが広がった。夜風が涼しい。みるみるうちに汗が引く。
「涼しいだろ?」
「ん……」
「月も綺麗だし、海も見えるし。いい部屋当たったな」
「っ……」
歩を膝立ちで立たせ、窓枠に掴まらせた。俺は歩を背後から抱きすくめ、少しばかり夜の景色を楽しんでいる。焦らされたと感じたのか、歩は急かすように尻を擦り付けてきた。
「准……」
「なんだよ。そんなにしたい? ちょっとくらい休んでも罰は当たらねぇと思うけど」
「っ、……」
もう少し意地悪してやるつもりだったが、肩越しに切なげな目を向けられると、もう放ってはおけなくなる。浴衣を捲り上げ、裾を帯に挟み込んだ。緩み切った帯は今にも解けてしまいそうだが、それでも一応は腰に巻き付いている。
行灯はとうに消してしまった。室内を照らすのは月明かりのみだ。歩の白い肌が一層白く、それどころか、仄かに青み掛かって見える。
輪郭を確かめるように、俺は歩の体を撫でた。滑らかな肩、華奢な腕を伝い、薄い胸を揉みしだく。固く粒立って快感を訴える、胸の尖りを引っ掻いてやる。括れた腰を両手で掴み、ゆっくりと奥まで貫いた。
「んんっ……あぁっ……♡」
挿れただけで、歩はビクビクと身を震わせた。窓全開の状態なのでさすがの俺も気を遣い、ゆるゆると抽送を始める。しかし、そんなぬるい動きでも、歩は十分すぎるほどに快楽を拾い上げる。掴んだ窓枠をガリガリ引っ掻き、細い腰を撓わせる。
「やっ、んん……♡ あっ、あっ♡」
「……声、かわい」
「あんっ♡ あっ♡ んぁ、っ……♡」
「やべぇなおい」
歩の声色が明らかに変わった。普段からかわいい声で喘ぐものの、こんなにも甘々とろとろの声は聞いたことがない。少し舌足らずで、幼い印象さえある。子供の頃だって、こんな声ではなかった気がする。この甘え声だけで、男を魅了するには十分だ。
「マジでかわいい。やっばい」
「んゃ、あんっ♡ あっ、あぁっ♡」
「いやかわいすぎるって。反則すぎ。かわいい。好き」
歩の理性は蕩けているが、俺の方も相当IQが下がっている。窓全開だからぬるめにやろう、なんて考えはとっくにどこかへ行ってしまった。かわいい声を聞きたくて、もっと甘えてほしくて、俺は歩の弱いところを狙って突き上げた。
ぷっくりと主張しているGスポットを捏ね回し、とんとんとリズムをつけて最奥を叩く。逃げられないよう腰を密着させ、窓下の壁へ追い込むように押さえ付ける。俺の体と壁との間に捕らえられ、身動ぎさえもままならないというのに、歩は与えられる刺激を健気に受け止める。
「だめっ、そこっ……♡ あぁっ、だめっ♡」
「どこがだめ? ナカきゅんきゅんしてるけど」
「やっ……♡ んんぅ、だめ、だめぇ♡」
歩は身を捩って振り返った。腕を回して俺の頭を抱き寄せて、物欲しげに唇を尖らす。
「じゅ、ッ、んん♡ すき……♡」
俺は迷わず唇を重ねた。声が聞けなくなるのはもったいないが、今ここでキスをしないのはもっともったいない。いきなり舌を突き刺して、歩の口内をべろりと舐めた。勢いだけの、貪るようなキスだった。それだけで、歩は軽く達したらしかった。
淫肉が淫らに打ち震え、奥がびっしょり濡れている。俺が出したのではない。自ずから濡れている。分泌された愛液と、先に出した白濁が混ざり合い、肚の奥で泡立っている。俺が自身を引き抜こうとすると、とぷりと溢れて歩の太腿を濡らした。
「ふぁ、♡ ……あぁ、っ♡……」
すっかり力が抜けてしまったらしい。歩がこちらへ寄り掛かってくるので、俺は歩の手を握り、もう一度窓枠に掴まらせた。
「飛ぶなよ。まだ終わりじゃねぇからな」
「っ、ん……♡」
まるで波間を漂うクラゲみたいにふにゃふにゃだ。俺は、そんな歩の耳に唇を寄せて、意地悪に囁いた。
「お前さぁ、忘れちゃってるみたいだけど、一応窓開いてるからね? すぐ目の前海だから。分かってんの?」
「っ……!」
「誰かが下の道通ったらさ、お前の恥ずかしいとこ、ぜーんぶ見られちまうな? どうすんの?」
「っ、ぁ……」
歩ははっと目を見張った。淡くぼやけていた瞳に、冴え渡る月と、月明かりを反射する水面が映る。ようやく状況を把握できたらしい歩の悲鳴が響く寸前、俺は歩の口を塞いだ。
「ん゛ッ……、んんんっ♡」
指の隙間からくぐもった声が漏れる。歩はまたも軽くイッた。ビクッ、ビクンッ、と肉襞が媚びるように収縮し、ねっとりと絡み付いてくる。壁際へとねじ伏せられ、自由を奪われた状態ながら、腰がガクガク震えて暴れている。
「分かったら、声ちょっと我慢しろよ。いいな?」
「やっ……むり……」
「無理じゃねぇって。今ちゃんと我慢できたじゃん」
とん、と奥を突き上げると、歩は両手で口を押さえた。俺が止まらずに腰を振り続けると、歩は黒髪を散らして嫌がった。
「むりっ、ん゛♡ こえ、でちゃっ♡」
「だいじょーぶだいじょーぶ。ちゃんと抑えられてっから」
「いやっ、こぇ……♡ そと、きこえ……っ♡」
「波の音で掻き消されっから、だーいじょぶだって」
「やぅ゛、んんん゛♡」
状況としてはほとんど青姦だ。蒼い月。凪いだ海。静まり返った砂浜に響く、寄せては返す波の音。本当に外でやったらもっとすごいのだろうが、それでも相当の非日常感とスリルが味わえる。時には適度なスパイスも必要だろう。
俺は歩の浴衣の衿を掴み、剥ぎ取るように引きずり下ろした。真っ直ぐに一本筋の通った、しなやかな背中が露わになる。浴衣は元々乱れまくっていたので、着ているもいないも同然ではあったが、とうとうその肌を守るものがなくなったのだ。月明かりに照らされる肢体が美しい。
肘に引っ掛かっていた袖も抜いてしまったので、上半身は本格的に何も着けていない状態だ。ただ、帯だけはいまだしぶとく絡まっている。裾はたくし上げてしまっているが、腰布程度の役割は果たせている。全裸よりも、こういう半端な恰好の方がいやらしいのはなぜだろう。
俺は、露わになった歩の背中に口づけた。ピクッ、と歩は小さく震えて、声もなく愉悦を訴えた。
「しょっぺ」
「っ、♡」
「やっぱ海の味だ」
海上を吹き渡る風は涼しいのに、汗は引くどころかますます歩の肌を火照らせていく。玉のような汗が浮かんで、幻想的な月明かりに煌めいている。押さえ込む手が滑ってしまいそうだった。
奥へ、手前へと腰を打ち込む度、歩は艶めかしく身を捩る。蒼い月に照らされて、肩甲骨が羽根のように浮かび、刻々と陰影を変化させる。背骨の窪みが波のようにうねって、徐々に陰影を濃くしていく。
遠くに波の音が響いていた。一瞬、ほんの一瞬、歩が鳥になってどこかへ羽ばたいていってしまうんじゃないかと、そんな光景を幻視した。月明かりに照らされた歩が美しく、夜の海があまりに似合うので、そんな途方もない考えが脳裏を過った。
「……じゅん?」
俺は、歩を強く掻き抱いた。歩は不思議そうに首を傾げながらも、俺の頭に手を回し、癖のある毛に指を絡め、くしゃくしゃと優しく撫でてくれた。
「准……」
「うん」
安心したくて、唇を重ねた。ああ、そうだよ。本当は何も不安に思う必要なんてないんだ。歩は今、俺の腕の中でしっかりと息をしている。抱きしめれば温かく、心臓は力強く脈打っている。俺が手を離さない限り、こいつはここにいてくれるのだ。さっきそう誓ったばかりだ。
「じゅ、ん……准……♡」
「……ああ」
「もっ、ぁ、もっと……ッ、くち、ふさいで……♡」
やっぱり、キスしながらするのが一番好きかもしれない。何といっても、幸福感が段違いだ。ぎゅっと抱きしめ合いながらすると尚のこと良い。密着して触れ合っている部分から、幸せを感じさせるフェロモンか何かが分泌されている気がする。
この体勢ではこれ以上距離が縮まらない気がして、俺は、繋がったまま歩の体を半回転させ、対面座位に持ち込んだ。これなら、さらにきつく抱きしめ合うことができるし、キスもしやすいし、歩の顔もよく見える。湯気が出るほど上気して、涙と汗に濡れている。
「じゅん、ッ……」
「ん、イこっか」
「くち……ちゅ、して……♡」
歩は一生懸命舌を伸ばし、俺の唇に吸い付いた。その柔らかい舌を、俺は優しく絡め取り、歩の口を塞いだ。
「んんっ♡ ッふ、んん……♡」
もしかして、今また軽くイッたのかもしれない。歩は、両脚を俺の腰に絡ませて抱きついた。その状態で、俺は歩を抱きかかえ、下から突き上げる勢いで腰を遣った。
「ッあ゛、んん♡ ……あっ♡ あぁっ♡」
揺さぶられる衝撃で唇が離れ、蕩けるような甘ったるい声が漏れてしまう。けれど、まるで重力が結び付くように再び唇が重なって、また離れて、唾液が伝って糸を引き、それが途切れて滴る前に、またもう一度キスをする。
「もっ、ぁ゛♡ だめっ、いくっ♡」
「んん……もうちょい……」
「や゛っ、ぁ゛♡ もっ、すき、きもちぃっ♡」
「それ、もっと。もっと言って。もっと言え」
「すきっ♡ すきぃ……♡ きもち、い゛っ♡」
「俺も、っ……」
「すきっ、すきぃ、あっ、すき、だめ、きもちッッ――♡♡♡」
「――くそっ、出ちまう」
肚の奥を掻き回す音と、唾液を混ぜ合う音、それから波の音が重なって、頭の中が真っ白になった。ただ、歩と一つになりたい。思いの丈を叩き付けた。
ちゅう、ちゅ、ちゅぱ、と可愛らしい水音が響く。波の音が遠くに聞こえる。早鐘を打つ胸の鼓動を直に感じる。
「ぁ……ふっ……♡ んん……♡」
絶頂の余韻に浸り、歩は俺の舌をちゅうちゅうしゃぶった。ピクッ、ピクン、と舌先が痙攣し、甘えるように吸い付いてくる。緩やかに遠のいていく快楽の海に揺蕩って、その肢体も甘く震える。俺がきつく抱きすくめると、歩は嬉しそうに舌を絡めた。
「ふぁ、ぁ……♡ じゅ、ッも……♡」
「ん……」
「は、ぁ♡ すきっ、ん……♡」
「っ……もっと……」
縺れ合うようにして布団に倒れ込んだ。ほんの一時でさえ離れ難く、唇が溶けるまでキスをした。
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