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第5話
「それ、完全におもしれー女枠やろ」
中谷景吾の軽快な関西弁で告げられた言葉に桜井は目を丸くした。
賄いのパスタを頬張っていた桜井を見て中谷がからりと笑う。ソース、と短い言葉で指摘されて慌てて口元を拭った。
高校卒業後一人で大阪から上京してきたという中谷は桜井のバイト先の社員である。十九歳という若さで厨房を仕切っている彼は世話焼きな性格で桜井も何かと世話になっていた。
出勤するなりうかない顔をしていると指摘され、休憩時間に賄いを食べながら問いただされている。押しの強さに負けて誰にも言うつもりはなかった神崎のことを話してしまった。
学校一の人気者とバイトをしているという秘密を握り合っていること、自分で口にするのは憚られ湾曲に表現したが仲良くなりたいと言われていることを伝えた。流石に泣き顔も笑った顔も見たいと言われた、なんて言えばこちらが自意識過剰みたいだ。
桜井の話に真剣に相槌を打ってくれていた中谷の口から馴染みのない言葉が飛び出し首を傾げる。
「お、おもしれー女枠ってなんですか」
「ドラマとかで見たことあるやろ、イケメンでモテモテの奴が自分に見向きもせん子に興味持つって話。この俺に楯突くなんておもしれー女、みたいな。イケメンって言い寄られ過ぎて案外拗らせてんねん」
「実体験ですか」
「んなわけないやろ、俺はモテへんわ。悲しいこと言わすな」
中谷は自虐的に笑ったけれど、桜井はいやいや、とそれを否定した。
涼しげな目元と染めていない短めの黒髪が爽やかな印象で、背が高く女性の評判がいい。おまけにクールそうな見た目から飛び出す関西弁がギャップがあっていいと同じバイトの人が話していた。中谷は謙遜しているがモテないと言えば嘘になるだろう。
「俺は雰囲気イケメンやねん」
「雰囲気もかっこいいですよ」
「……あかんあかん、話脱線し過ぎたわ」
少し照れたように手のひらをひらひらとさせながら中谷が目を逸らした。
「で、唯月はその学校一のイケメンくんと仲良くすんのが嫌なん?」
「嫌というか、どうしていいかわからないってのが正直な感想です」
「どうもせんでいいって。同級生なんやろ?」
「そうですけど……」
桜井は眉を下げてパスタに視線を落とした。少し冷え始めたそれを慌ててフォークで巻いて口に運ぶ。中谷は小さく唸って横目で桜井を見た。
「自分を過小評価し過ぎやわ」
「え?」
「なんで自分なんかに興味持ったんやろ、ぐらいに思ってるんちゃう? 唯月のいいとこいっぱいあるよ。仲良くしたいきっかけぐらいなんぼでも見つけられるわ」
はっきりと告げられた言葉に桜井は目を丸くする。慰めるために言っているわけではないと確信させられる中谷の言葉の真っ直ぐさに桜井はたじろいだ。真正面から褒められるのはいつまで経っても慣れない。頬が熱くなり笑顔がぎこちなくなる。
「友達はおったほうががええよ。一旦仲良くしてみたら? バイトしてることを脅しに使ってきたり、唯月になんかしてきたら絶対俺が何とかするから。一人で抱え込んだらあかんで」
「あ、ありがとうございます」
「ん。約束やからな」
押さえつけるように頭を撫でられ頭頂部に感じる手のひらの重みに肩を竦める。上手な甘え方もわからず、可愛げのある後輩気質なタイプでもない桜井はどう反応していいのかわからない。
子ども扱いされているようでむず痒いが中谷の言葉はやけに説得力があり、つい頼りたくなってしまう。桜井は一人っ子だが、実際兄がいたらこんな感じなのだろうかと考えることもあった。
「中谷さんは誰かと仲良くなりたいとき、どうしますか」
ふと浮かび上がった疑問を口にしてみた。
すると中谷は桜井の目をじっと見つめた後、首を傾げる。
「どうやろ。俺も知りたいわ」
中谷は意味ありげに微笑んで空になった皿を持って立ち上がった。
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