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第7話

 放課後に裏門で待ち合わせをするという約束をして、互いに一日授業を受けた。  同じ教室にいても二人に会話はない。神崎は人目がある場所では桜井に話しかけてこなかった。  今まで接点がなかった二人が突然親密になっていたらそれなりに注目を浴びるだろう。ましてや相手は神崎だ。只事ではすまない。  話すようになったきっかけを説明すれば、必然的にアルバイトのこともバレる可能性があるため今の状況は都合がいい。地味な奴と友達だなんて思われたくないのだろうと、捻くれた考えが一瞬よぎったが神崎がそんな小さなことを気にするようにも思えなかった。  神崎のことはよく知らないが、こちらが苦しくなるくらいに光の人間だと少し話しただけでわかる。いっそ騙されている方が納得できるくらいに神崎は桜井に対しても平等に明るい。  本当に一緒に出かけていいのだろうかと放課後が近づくにつれて不安が増大した。  放課後に誰かと出かけること自体初めてなのに、相手が今まで大した接点もなかった神崎ともなれば緊張するのも当然である。    神崎はスクールバッグの肩紐を握りしめて辺りを警戒しながら裏門に近づいた。  自転車置き場や部活の活動場所などは基本的に正門側に設置されているため人気は少ない。  門を抜けて少し離れた場所に立っていると、色めき立つような声が聞こえてきた。神崎先輩という単語に反応し肩を揺らす。  恐る恐る視線を向けると下級生の女子の視線を集めた神崎が門から出てきた。  話しかける勇気はないらしく、遠巻きで彼を見つめる女子生徒の熱い視線に感心する。ただでさえ狭い世界に芸能人クラスの美形がいれば、これほど注目を浴びるものなのだと妙に冷静に分析している自分がいた。  神崎はこちらに気づくと片手をあげて歩みを速めた。 「ごめんお待たせ」 「ううん、さっき来たところ」    待ち合わせの定番のやり取りが咄嗟に口から飛び出し居た堪れなさを覚えた。  ぎこちないことは自分が一番よくわかっている。  神崎にしてみれば放課後にクラスメイトと出かけるくらいでこんなにも緊張しているのは変な奴に見えるだろう。  しかし神崎は桜井の挙動不審さを気に留めた様子もなく「行こう」と告げて微笑んだ。   「お腹空いてる? まだちょっと早いか」 「あ……うん、そうだね」  気の利いた言葉も出てこない焦りからじわりと額に汗が滲む。  春の暖かな陽気とは裏腹に心は冷えて、喉の奥が締めつけられた。端的に言えば緊張しているのだが、それが相手にうまく伝わらず感じが悪くなっていないか心配だ。  横目で神崎の様子を窺うと視線が交わった。神崎の癖なのか人の目をじっと見つめるためすぐに目が合う。 「桜井は普段放課後どこで遊んでんの」 「えっと……高校入ってから誰かと遊んだことないんだよね」 「マジで?」    正直に答えると心底驚いた様子を見せた神崎に桜井は控えめに頷いた。   「そんなにバイト入れてんの?」 「扶養の範囲内だからそんなに詰めてるわけじゃないよ。そういう機会がなかっただけ」  一年生の頃は親睦会と称したカラオケ大会にも、学園祭や体育祭の打ち上げにも顔を出さなかった。アルバイトができるようになった途端、学業との両立が始まった桜井には余裕がなく、そうした生活に慣れた頃にはもう周りは固定の仲がいいグループが完成している。  とはいえ内部生と外部生の間に生まれる見えない派閥のおかげか、外部生同士で話すこともありコミュニケーションには困らない程度に過ごせていた。  しかし以前神崎に言われた「つまらなさそう」というのはあながち間違いではない。  楽しいと思いながら学校に通ったことはない。  何かに期待したり、誰かに心を開いたりするのは桜井にとって難しいことだ。  心を閉ざしているつもりはなくとも無意識に壁を作っている。幼い頃、両親が離婚し目の前で壊れゆく愛情を見たときからずっとそうだった。貧しい生活の中で覚えた我慢を外の世界でも発揮するようになり、次第に本心を隠すようになった。  そんな相手に根気よく付き合う義理は当然なく、親しい友人ができないのも当然だと自分でも思っている。それなのに神崎は桜井の対応を見ても離れていくどころか、近づいてくるので不思議だ。 「じゃあ俺が初めてってこと?」 「まあ、そうなるね」 「ラッキー。すげーレアじゃん」  そう言って満面の笑みを浮かべる神崎に桜井は軽く衝撃を受けた。  なぜ桜井が初めて遊ぶ相手になれたことが「ラッキー」なのか全く意味がわからない。けれど神崎の笑顔を見ていると悪い気はしないどころか嬉しいと感じる自分がいた。  ポジティブすぎる。というのが率直な感想だが人を不快にさせない塩梅なのも天性の才能だろう。    「もしかしてカラオケとかゲーセンもあんま行ったことない?」 「うん。多分一回行ったことあるかなってぐらい。もう何年も前だけど」 「へえ、じゃあまだまだ人生に楽しみ残ってるな」  楽しい遊びの一つも碌に知らない桜井を「楽しみが残っている」と評する神崎に感心した。悲観的に物事を捉える癖がある桜井とは違い、神崎はいつも目を細めたくなるほど明るく眩しい感性を持っている。  側にいると息が詰まりそうなのに、呼吸が苦しくても何故か離れ難い。   「桜井がやったことない楽しいこと俺と全部やろ」 「やったことないこと?」 「そう。全部」  大きく手を広げた仕草が子どものようで思わず笑みが溢れた。  すると神崎は突然歩みを止めて桜井をじっと見つめた。  何か変なことを言ってしまっただろうかと首を傾げると、神崎は弾かれたように顔をあげてこちらに近づいてきた。 「笑えるじゃん」 「え……」 「笑ってる顔初めて見た」  嬉しい、と噛みしめるように呟く表情を見て鼓動が激しくなる。  優しい目に居た堪れなさを覚え頬に熱が集中した。悔しいほどに神崎の言動に振り回されている。 「わ、笑ってない」 「嘘つけ! 今笑ってたって!」  顔を背けると神崎は嬉しそうに桜井の顔を覗き込む。  視線から逃げるように顔を動かしても、神崎は桜井の動きに合わせて近づいてきた。肩に神崎の体温が触れて殊更頬が熱い。 「もう一回笑ってみて」 「……やだ」  顔を左右に振って拒絶の意を示しても神崎は楽しそうだった。  互いの鼓動が聞こえそうなほどに近い距離。誰かとこんな風に接近することは滅多になく体が強張る。少し視線を動かすだけで目が合って息が上手くできない。 「照れてんの?」 「っ、照れてないよ」 「ふっ、桜井って結構頑固なんだ」  依然楽しそうな神崎に言い返す術もなく口をぱくぱくと開閉させる桜井を見て、神崎は声をあげて笑った。笑われている理由がわからず不服ではあるものの、嫌な気分にはならない。 「あー、かわい」  神崎は笑いすぎて滲んだ涙を拭いながらそう呟いて目を細めた。    

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