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chapterⅡ 奴との過去①

この師走下旬になると毎年のように奴が訪ねて来る。 それは好意によるものからだと遠い昔から知っている。 和幸の地元は現在住んでいるところから車で片道約五時間かかる道東に位置する。市街地と違い、辺りは背の高いビルはほとんどなく、青い空と緑だけだった。  そんなドが付くほどの田舎でも、決して地元を嫌っているわけではなかったが、和幸は大学進学と同時に札幌市内へ越してくるとそのままこっちで就職を決めた。 単純に就業の選択肢が多いこともあったが、一番は慎文から逃げたかったのが大きな決め手のひとつであった。  奴の実家は酪農業を営んでいて、学校を卒業したら地元に残ることは決まっている。だから実家に帰省しない限り会うことはないだろうと思っていた。 しかし、社会人となって暫く音沙汰のなかった奴が、ここ三年程前から自宅に訪問してくるようになり、和幸はこの時期になると鬱々とした気分になるのが恒例になってきていた。  そんな天敵のような存在である慎文でもあんなことがなければ、良き幼馴染、良き弟として扱えていたほど可愛がっていたのも事実だ。  親同士が同級生で仲が良かったのと家が隣であったことから、家族ぐるみでキャンプや海に出掛けたりすることもあった。  慎文には一回り上の兄貴が居たが、和幸の方が三つ違いで年齢が近かったせいか、よく懐いていたし、一人っ子の和幸にしたら弟ができたみたいに嬉しくて可愛がっていたのを覚えている。 和幸が中学生くらいまでは、よく公園に連れ回して自転車を教えてやったり、家でゲームをしたりして遊んでいたが、高校生に上がり、和幸に彼女が出来始めると慎文と遊ぶ機会は減っていった。 それでも、慎文が和幸を慕って、家まで遊びに来ていたので、暇なときは相手をしてやっていた。  小学生までは、天使のように可愛かった奴が中学生に上がった頃から徐々に自分の身長に追いついてくるようになっていた。 体格も差が付き始めて物理的な焦りを感じていたが、それでも中身は全く変わらない慎文に安心していた。  全ての始まりは和幸が高二で奴が中二の秋だった。学校終わり、いつものように制服の慎文が家に訪問してきたので部屋に招き、テレビゲームで遊んでいた。 すると慎文が急に改まって正座をしてきては、和幸の方に身体を向けてくる。 「カズくんって女の子と付き合ったことあるんだよね?」  膝をすり合わせながら、顔を赤らめて問うてくる。 「ああ、あるけど」  当然高校二年生ともなれば一人や二人、交際をしたことがあるし、それなりの経験も済んでいる。年上の威厳で慎文に見栄を張りたくて、和幸は鼻を高くしていた。 一方でそれを聞いた慎文は「そうなんだあー」と赤面しながら頷いている。 「じゃあ、好きな人とのキスってやっぱり気持ちいいの?」 「それは……柔らかいし、しているうちにこう興奮してくるっていうの?つーか何言わせてんだよ。さてはお前、好きな子でもできたのか?」 「う、うん」 慎文の問いに驚きはしたものの、両手を腿の上に置いて真剣な眼差しで問うてきたので、思わず余計なことまで話してしまった。 けれど、異性との性愛について興味を持ちだすのはごく自然のことなので咎める必要はない。むしろ、あんなに弟のように可愛かった慎文が照れながら頷いてきた姿が微笑ましかった。 「カズくん……。キスの練習がしたい」  内腿に両手を挟めて、身体をゆらしては、どこか居心地が悪そうにしている。 「キスの練習がしたいって言ってもなあ。実践あるのみなんだよ。そういうときは好きな子でも想像しながらクッションで練習してみろ」  和幸はベッドにあったクッションを慎文に向かって投げ渡した。咄嗟に受けとった慎文だったが、何か不満があるのか俯いてクッションを強く握ると首を左右に振る。 「カズくんがいい……」 「はぁ⁉」 慎文の発言に耳を疑う。和幸で練習がしたいと言われた所で、自身が相手になることはできない。 幾ら可愛がっている幼馴染だったとしても和幸にとって同性相手のキスは快く受けられるものじゃなかった。 きっと慎文は無知で純粋だから間違ったことを間違いだと気づいていないのかもしれない。 「何言ってんだよ。お前のファーストキスはその可愛い子のためにとっとけよ。初めてなんて失敗してなんぼなんだから。ほら、ゲームの続きやるぞ」  確かに初めてのキスで失敗したくない気持ちも分からなくもない。 けれど、失敗してこその経験になるんだと教えてやるつもりで、和幸は慎文の頭に優しく手を置いて、二回ほど叩いて宥めた。 それでも不服そうな慎文の目の前にコントローラーを差し出し、強引にゲームの続きを 促す。  「んっ……‼」 すると急に肩を掴まれ、ぶちゅっと音が鳴りそうなくらい、唇に慎文の唇が押し当てられた。何度も強く触れては離れてを繰り返されて息をする暇もない。 和幸は慎文を引き剥がそうと腕を掴んで抵抗しても、慎文の力の方が大きいせいか石のように頑なに動かなかった。 「んんっ……。お前な……んふっ」  漸く離された唇に和幸が喋ろうと口を開けたところで、慎文の舌先が滑り込んできて一気に血の気が引いた。 口腔内を貪られる感覚が気持ち悪い。ディープキスは和幸自身初めてじゃない。 何度も付き合っていた彼女としたことがある。だけどこれは、好きを確かめ合ってするというよりは捕食されているに近い感覚で身の危険を案じた。 「んッ……んッ…ふっ」  和幸が拒んでも動じない。それどころか慎文がキスをしながら更に体を密着させようと近づけてくる。腕を掴んで必死に抵抗するが、それよりも強い力をかけられたことによって絨毯に押し倒されてしまった。  鼻息を荒くさせながら、和幸の右太腿に自身の昂ったものを押し当ててくる。刺激を求めて腰を揺らしながら、和幸の腿に擦り付けてくるソレに不快感と恐怖が差し迫ってきた。 「んふッ……。カズくんッ」 「おまっ……。んッ、やめろよっ……」 和幸は僅かな抵抗力で右腿を持ち上げて、慎文の股間を膝で蹴り上げると奴の唇は離れ、股間を両手で抑えながら転がり倒れていった。 「う……。カズくん痛いよお」  慎文は涙目になりながら訴えてくるが、同情している場合じゃない。和幸は手の甲で唇を拭い、息を切らしながら慎文を睨みつける。 「お前っ、初めてじゃないだろ」  初めてのキスであそこまで出来るとは思えない。完全にキスを知っている奴のものであるということは和幸でも分かった。慎文はゆっくりと起き上がると、こくりと頷く。 「先輩とした。キス以外のこともカズくんとするときに慣れていた方がいいって言われてしたことある……」  慎文はてっきりキスもそれ以上も未経験だと思っていた。まだ中学二年生だし、興味があっても経験するのは早くて三年の終わり。大体は高校に上がってからの奴の方が多い。 「したって……。俺とするってなんだよ」 「俺っ、キスだけじゃなくて……。その……カズくんとエッチもしたい」  顔を真っ赤にさせて呟く慎文とは裏腹に、和幸は軽く目眩を起こし、頭を抱え込んだ。 和幸ですら初体験は高校だったのに奴はもう済ませている。年上のプライドをへし折られると同時に目の前の男に嫌悪感を抱く。 「はぁ⁉意味わかんねぇ。そもそも俺男だし、つーか気持ち悪ッ」  これじゃあ兎の皮を被った狼同然。可愛い弟のように思っていたが騙されたような感覚を覚えた。和幸は、慎文の左腕を掴んで強引に立ち上がらせると、部屋の出口へと向かう。 「もう二度と来るな」 「カズくん待って。ごめん。でもカズくんとのキスは気持ちよかったから……」  慎文が必死に謝ってきているのを無視して部屋の外まで引っ張って追い出すと、勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。途端に脱力したように扉を伝って座り込む。  激しく叩かれる扉。「カズくんッ……。カズくんッ」と切羽の詰まった慎文の声が五月蠅くて、和幸は耳を塞いで慎文の気配がなくなるまでじっとしていた。  プライドを傷つけられた以上に、年下だと甘く見ていたことに後悔する。 あのまま自分が抵抗していなかったら最後まで食われていたのではないかと思うと身震いした。 男とヤるなんて冗談じゃない。世界中にそういった嗜好があることは知っているが、和幸自身は至って普通の健全な男の子だ。 恋愛対象だって異性だって信じて疑わない。  和幸は慎文に性的な対象として見られていたのだと思うと、肩を抱えながら悪寒で震えが止まらなかった。

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