4 / 10

chapterⅡ 奴との過去③

沈黙の部屋の中でミニテーブルを挟んで慎文と向かい合って座る。 和幸は特に自ら話題を切り出すことも無く、気まずさを紛らわすために、無心で母親が持ってきた紅茶と焼き菓子を頬張っていた。 これは二丁先のケーキ屋のだろうかなんて、どうでもいいことを考えながら慎文が『帰る』と切り出してくるのを待つ。 ふと視線を感じて向かいの男を見遣ると目が合い、不自然に逸らされてしまった。律儀に正座なんかをして、無駄に姿勢よく背筋を伸ばしている。紅茶や菓子が減っていないことから、慎文から緊張感のようなものを感じたが、和幸は気に留めずに沈黙を続ける。 「カ、カズくん……。元気だった?」  唐突に上擦った声で慎文に問われる。ありきたりな世間話。さっさと用件が済んだら出て行って欲しい和幸にとって、そんな回りくどい会話は煩わしいほかなかった。 「ああ……」 「そっか、良かった。俺も、元気だったよ。今は高校二年生になって、学校は寮にも入ってるんだ」 「ああ、母さんから聞いてる」 「そっか……」 話題を簡潔させようと適当な返事をする。慎文はそんな淡泊な返答でもめげずに身の上話を始めたが、直ぐに和幸の反応に目を伏せてしまった。 改めて見ると自分より一回り大きな体の奴に身震いする。頭の片隅に追いやっていた昔の出来事を思い出しては気分が悪くなったが、少しでも弱みをみせるわけにいかなかった。 「カズくんは……。もうすぐ大学卒業だよね?こっちに帰ってくるの?」 顔を上げた慎文が頬を染めながら何かを期待したような眼差しで此方を見てくる。 そんなわけあるか、と心の中で蔑みながらも「就職は向こうでするから……」と冷静に告げると、テーブルが少しだけガタッと動いた。 「えっ……。カズくんはもうこっちに帰ってくることはないの?」  食い気味でテーブルに乗り出してくる慎文への警戒心から和幸は少しだけ腰をずらして体を引かせる。 和幸が町から出て行けば帰省でもしない限り会うことはないだろう。 慎文の将来は高校を卒業したら家業を手伝うことは必然的に決まっている。そうなれば街に出てくるという選択肢はないはずだ。だから奴と会うのは実質これが最後だ。 「ない」 「でも年末には帰ってくるよね?そしたらまた……」 「それもきっとない。忙しくなるだろうし」  忙しくなるなんていうのは言い訳で、内定の決まっている会社は土日祝日休みの経理関係の仕事だ。 お盆や年末ともなれば大型連休は貰えるだろうし、実家に帰省することだってできる。 けれど和幸の実家が慎文の隣である以上、帰れば顔を合わせる可能性が出てくるのも事実だ。例えそれが年に一度あるかないかだったとしても、今の和幸には一番避けたい状況だった。  途端に皿がガタンと揺れる音がして驚きのあまり体が跳ねる。慎文がテーブルを叩いて両手をついてきていた。 「……かないでほしい」 「はい……?」  少しだけ怒気が込められた声音で呟かれる。和幸が聞き返すと、慎文は立ち膝になり、右腕を掴んできた。 「ひぃ……」 「行かないでほしい。こっちに戻ってきてよ」 「な、なんだよ。お、お前に関係ねぇだろっ」 「関係あるよっ」  和幸は身体を反らして慎文と距離をとろうとしたが、腕の力は込められるばかりで離れない。 高校生とはいえ、奴が通っているのは農学校。日頃実習で力仕事をしている奴の力量は、家でゲームや読書をしている和幸とは比ではなかった。 再びの悪夢を警戒する和幸に対して、慎文は赤面させて口をパクパクと動かしては何か言葉を躊躇っているようだった。 「オレ、オレ……。カズくんのことが好きっ……だからっ……」 「はい?」  漸く振り絞って言ってやったと言うように目元を強く瞑って慎文が告白してきた。  その言葉を聞いた途端に和幸の嫌悪感に拍車がかかる。 あのキスの時から薄々気づいてはいた。 慎文が性愛的な意味で自分に好意を寄せていることを。だから奴のことを避けてきた。 「じょ、冗談いうなよ。き、気持ち悪いっ」 「冗談じゃないよ。カズくんのこと好きだからずっと一緒に居たいっ。だから行かないでよ」 「嫌だ。触んなよっ」  不可抗力であっても部屋に上げてしまったことを強く後悔した。 これ以上に踏み込まれれば、自分の身に危険が及ぶような気がしてならない。 また強引にキスをされるなんて御免だ。  和幸は腕を大きく振り払うと部屋の扉口まで駆けだそうとしたが、慎文が立ち塞がってくる。逃げたくても逃げられない、ライオンの檻に入れられた兎の気持ちで詰め寄ってくる慎文から一歩ずつ後退って離れることしかできなかった。 「お前っ、男だろ。俺はそんな性癖じゃない。気持ち悪いからさっさと帰れよっ」 「嫌だ。帰ったらカズくんにもう会えなくなる。ねえ、カズくん。俺のモノになって?」  机に上がっている目覚まし時計や鉛筆たてを必死に投げて抵抗するが、奴は全く動じずに和幸だけを捉えて近づいてくる。 一歩一歩後退りながら夢中で逃げていると、膝裏がベッドの縁に当たり、バランスを崩して尻餅をついてしまった。 「嫌だ……。来るなよっ」 この状況は和幸にとって一番不利である。 慌てて腰を持ち上げようとしたところで、顎を強引に掴まれて唇を塞がれてしまった。 「んッんッ‼」  奴の肩を叩いて精一杯の反撃を試みるものの、息継ぎをした隙を突いて舌先をねじ込まれてしまった。蘇ってくる恐怖心に全身が震えてくる。 「お前っ……。こんな強引なことしていと思ってんの……。んっ」 力任せにベッドへと押し倒されると慎文は夢中で和幸の唇を啄んできた。時折、ちゅっちゅっと卑猥なリップ音を立たせながら口内を掻き回される。鼻息を荒々しくさせながら無我夢中でキスを迫ってくる慎文に身の毛がよだつ。このまま無抵抗だとキスだけでは済まされないような気がして、和幸は慎文の腹部目がけて膝で蹴り飛ばすと漸く唇が離れていった。 「や、やめろよっ」  今すぐにでも慎文を退かせて部屋から出て行きたいが、和幸を逃がすまいと腰に跨っている奴がそう簡単に退いてくれるわけもなく、和幸自身も力が入らない。  人は恐怖心が勝ると何もできなくなるのだと思い知らされる。  こんな年下のやつに負かされるなんて屈辱以外の何物でもない。両腕で涙を拭っていると目線の先の男が突然、ワイシャツを頭から脱ぎ始めたのでギョッとした。 「ちょっ、お前。まさか……」 「カズくん可愛いなあ。俺のモノにしたい。ダメ?」 「ダメも何も、俺はお前のこと微塵も好きじゃ……。わああ……」  服の中に慎文の手が侵入してきて、わさわさとお腹周りから徐々に上の方へと触られ、首筋を舐められる。 「ひっっ……。いい加減にしろよっ」  慎文の舌先の感触が気持ち悪くて、肩を抑えて引き剥す。一瞬の隙を突いて這いつくばりながら、奴の股下から抜け出そうと試みたが、直ぐに腰を掴まれ引きずり戻されると同時に部屋着のズボンを下着ごと脱がされてしまった。 「ちょ、お前。何するつもりだよっ」 「我慢できない。カズくんがほしい」 「ひっ……」  慎文に臀部を晒すことに惨めさを覚える。 背後でジッパーが下がる音がすると硬いものが臀部に当たり、和幸は思わず声を引き攣らせた。 その感触は明らかに雄の象徴。慎文の滾ったものだと分かった。  臀部の奥の窄まりを目がけて押し当ててくる恐怖に身体を捻り、手をバタつかせて抵抗してみたが、慎文に腕を押さえつけられてしまい、暴れることが容易ではなくなってしまった。 「カズくん大人しくして」 「嫌だっ……や、やめろって」  本来入れるところではないものが、押し入ろうとしてくる。肛門の皮膚が裂けてしまいそうなほどの激痛に涙が溢れてきた。 「痛いっ……。やだっ」 「カズくん、力抜いて。奥入ったら気持ちよくなるから」 「入れ……んなっ」  上半身を起こして奴の先端から逃げようと腰をずらすも、背後から覆い被されて更に奥へと突き進んでくる。和幸は中をゆさゆさと弄られ、痛みに悶える声を押し殺すためにベッドのシーツを咥えた。 叫べば親が様子を見に来て助かるかもしれない。 しかし、男に犯されている姿なんて誰にも見られたくなかった。 「はぁ、はぁ……。カズくんの中、いい……」  時折首筋にかかる慎文の息に不快感を覚えながら奴が果てるのを待つしかない。 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、この拷問が終わる時を待っていると、奥のツボを刺激されて感じたことのない快感に思わず声が出てしまった。 「んあっ……」 「カズくん?」  和幸の様子に気づいた慎文は首筋を舐めてくるのをやめると、もう一度反応を確かめるように同じところを突いてきた。 「やっ……」 「カズくんの気持ちいいとこみっけ」 「そ、ちがっ」  いくら否定しても、慎文は初めてものを覚えた子供のように何回も奥のツボを刺激してくる。痛みと恐怖で萎えていたはずの自分のモノが中で刺激されたことにより、徐々に熱を持ち始めていた。  その事実にショックを受ける暇もなく、与え続けられた刺激よって圧迫され始めたモノを解放してやりたくて、無意識に腰を浮かせていた。慎文に気づかれたくないのに、背後から奴の右手が回ってくると和幸の性器を握られる。 「さわんなっ……」 「カズくんきもちい?触ったらもっと良くなるよ」  前を扱かれながら後ろから責められて、頭がぐちゃぐちゃになる。同性に犯されているなんて惨めで泣きたいのに身体は火照って気持ちよくて達しそうになる。 「カズくん……。いくっ」  慎文の切羽の詰まった声と共に中からじわりと温かさを感じると、和幸も奴の手の中で爆ぜてしまっていた。 奴のモノが抜かれても消えない臀部の異物感。腿を伝って粘液がドロッと窄まりから流れてくる事実に和幸は顔を伏せた。腰の痛みと前から垂れている自分の精液の匂いが虚しさを煽る。 こんなの惨めだ……。 「カズくん、泣いてるの?」 「ふざけんなっ……。最悪」 「ごめんなさい。でも、俺がカズくんのこと大好きなのは本当だから。今度はちゃんとカズくんと愛し合いたい……」  背中を撫でてくる指が鬱陶しくて、腕で追い払う。 「大好きだとか愛し合うだとかうるせぇんだよ。俺はお前が嫌いなんだよ。いいからさっさと出てけ」  慎文の顔など一切見たくもない。和幸は暴言を吐いた後、唸るように声を上げて泣く。  男に無理やり抱かれたことと、男相手に快感を得てしまったことが和幸にとって今世紀最大のショックだった。なんで自分がこんな惨めな思いをしなければならないのだろう。 暫くして背後からの気配が無くなり、パタンと部屋の扉が閉まる音がした。途端に和幸は男の尊厳を失くしたみたいで消えてしまいたくなった。

ともだちにシェアしよう!