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chapterⅢ 恋人ごっこ②

食器を洗い終え、慎文とともに市街地の方へと繰り出す。 家電や雑貨をみてウィンドーショッピングを楽しんでから大きな商業施設の中にあるゲームセンターへとたどり着いた。 慎文の希望通りにゲームセンター内にあるレースゲームの台の椅子に腰かける。隣の台の椅子には慎文が瞳を輝かせながら座っていた。 何年ぶりだろうか。大学生のとき、友人と遊び歩いていた時以来のような気がする。当然その時も友人と勝負してほぼ勝っていた記憶があった。あれだけ慎文の前ではいい大人がと思っていたけど、いざハンドルを目の前にして、昔の血が騒いでワクワクとした。 「ねぇ、カズくん」  コインを入れようとしたところで慎文に問われて顔を上げる。 「なんだ?」 「俺が勝ったら、俺の望みを聞いてほしい」  目を伏せながらそう提案してきた慎文の意図がようやく理解できた。急にゲームをしたいと誘ってきたのは、この為だったのだと。  けれど、この勝負には負けない自信があった。 「へぇ。いいけど。じゃあ、その代わりにお前が負けたらすぐに実家に帰れよな」 「うん、いいよ」  どうせ勝利は見えているので望みの内容を訊いてやる必要もない。 しかし、慎文だけ対価があるのは面白くなくて、和幸は自分への対価を提案すると、慎文は躊躇いながらも頷いては、交渉が成立した。 一日中牧場で牛の世話をしていてゲームと縁もゆかりもない奴に負ける訳にいかない。和幸の闘争心に火がつく。 ゲームを開始してカウントダウンと共にアクセルを踏むと画面上の車が発進する。最初は順調であった。慎文の前をキープして独走していたし、このまま最後まで行けば圧勝だった。 そう油断していると、慎文が怒涛の追い上げをみせてきては、カーチェイスが始まる。 和幸は声をあげながらもハンドルを回すが、隣からは一切何も声が聞こえなかったので一瞬だけ画面から目線を逸らすと、奴は真剣にハンドルを握って画面に集中していた。   自分も負けてられないと奮起したものの、目を離してしまったのが運の尽き、奴に弾き飛ばされてバランスを崩すと、瞬く間にクラッシュしてしまい、奴に勝利を奪われてしまった。 和幸はショックのあまり、ハンドルに向かって拳を叩くと、額をつける。ただの友人同士の戦いであったら何とも思わないのに、こんなに敗北が悔しいのは相手が奴であるからだった。 「勝った‼カズくんに勝ったよ‼」  ゲームが終わるなり、慎文は瞳をきらきらと輝かせながら此方に話し掛けてくる。 「お前ってそんなにゲーム巧かったっけ」 「カズくんがこういうゲームが得意なのを知っていたから、カズくんに会えないときは隣町のデパートに連れて行ってもらって遊んでいたんだ。いつかカズくんに褒めてもらいたくて……」  次男坊の負けず嫌い説は有力なのか、意図もたやすく和幸の実力を追い抜かしていく奴が怖い。そして、俺に対する執着心も。 勝てると自信過剰に意気込んで何も訊かずに奴の願いを受けてしまった自分に後悔する。 和幸が落ち込む暇もなく、上機嫌な奴は、ハンドルを握っていた和幸の手を強引に取ると、両手で包んできた。 「勝ったから、望み聞いてくれるよね?」  奴の望みなど聞きたくないが、ここで一度快諾した約束を覆す方が大人げない気がして、話だけは聞くことにした。 「ものによるから言ってみろよ」  慎文の望みが和幸に関わる何かであることはわかりきっていた。右手を強く握られ、喉を鳴らす慎文から緊張が伝わる。  もちろん内容によっては受けない選択もある。ハグくらいであれば我慢の範疇ではあるが、キスだとかあの日のようにしたいと言われたら拒否をするつもりだ。  お金を払われようとも、和幸にトラウマを植え付けた行為だけは許すことはできない。 「恋人になりたい」 「はぁ?」  慎文は顔を真っ赤にさせながら、目を逸らさずに乞うてきた。 「はぁ⁉嫌に決まってるだろ。お前の恋人なんかになったら……」  調子に乗って何をしてくるか分かったもんじゃない。 和幸が露骨な拒絶をみせると先程まで期待の眼差しを向けていた瞳が曇っていく。 すると無言で強く手を握りながら詰め寄ってくる慎文に和幸は身体を仰け反らせた。 「おい、此処がどこだか分かってんのか。これ以上、近づくなよ」 「カズくんと恋人になりたい。それだけ叶えばカズくんの嫌なことは絶対にしないから……」  真剣に訴えてくる慎文の瞳から逃げるように逸らしてみても、向かいからの熱い視線は変わらない。 「わ、分かった。じゃあ、じょ、条件付きだ」 「条件……?」  動揺を隠しきれずに狼狽えながらも必死に予防策を考える。最初に望みを受け入れると約束をした以上、避けることができないのであれば奴を上手く宥めて、尚且つ身の安全を確保できる条件がほしかった。 「恋人のフリだからってキスとか、俺に必要以上に触れてくるのはやめろよ。それが受け入れられないならこの話はナシだ」  奴の返答に酷く緊張しては意識が握られた指先に集中する。微かに込められている力から「そんなの嫌だ」と拒否されて強引に引き寄せられるのではないかと嫌な予感を頭に過らせていた。 「うん……。分かった」  しかし、そんなのは杞憂だった。しばらくの沈黙の後で、慎文が目を細めて笑顔で頷く。 無理をしている感が否めなかったが、とりあえずこの場は収まったようで安堵した。 「あ、あと抱き着くとかもナシだからな」  和幸は念の為で釘を刺すように慎文にそう言い放つと、奴は「……うん、カズくんの嫌なことは絶対しないっ」と寂しそうに頷いた。 和幸が部屋に入るなと言えば入らない、多少強引なところもあるけど忠犬のように言いつけは必ず守る奴。奴の表情で情に流されそうになるのを堪えると、握られたままでいる手元に意識を向けて、和幸は強く咳払いをする。 「おい、手離せよ」 「これも必要以上にはいるの?」 「当然だ」  手元をじっと見つめる奴は、離したくてもこれが最後だと思うとなかなか離せないのか、手元を緩めてはギュッと握る仕草を繰り返してきた。 「カズくんの手だけは触っちゃダメ?カズくんと恋人になれるなら手くらいは繋いで歩きたい……」  今にも涙目になりながら此方を見てくる。奴に対して警戒心はあるが、あくまで自分 のことを好いてきている奴だ。これ以上突き放してやるのも罪悪感が残りそうで、和幸は深く溜息を吐くと「分かった。手だけなら許 してやるよ。その代わり公の場ではやめろよ」と承諾した。 慎文はその言葉を聞いた瞬間に「ありがとう」と先ほどの哀愁は何処へと問いたくなるほどの満面の笑みを浮かべていた。  嬉しさからか指を絡ませ、一向に離れない手に「公の場だぞ」と忠告してやると素早く手を離してきた慎文にホッとするが、どれくらいの頻度で触れようとしてくるか見当がつかないだけに、和幸の不安は拭えなかった。

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