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chapterⅢ 恋人ごっこ③

ゲームセンターの次はジュエリーショップに行きたいと強請られたので市内中心部に位置する大きなショッピングビルへと移動する。 鼻歌を歌いながら店を見つけるなり、上機嫌で入って行く奴。  和幸は店内へ入らずに、店の目の前にある長椅子に座って奴の様子を眺めていた。  やけに嬉しそうにショーケースを眺めている慎文。おばさんにプレゼントでも買って行くのだろうか。 ダウンにジーンズと容姿のわりに洋服に無頓着な奴が自分の為にアクセサリーを買うとは思えないし、あと思い当たるとしたら……。と考えた所で末恐ろしくなり、考えるのをやめた。瞼を閉じ、寝たふりをして余計な詮索をしないように意識を散漫させる。  三十分程目を閉じてじっとしていると「カズくん‼お待たせ」と頭上から慎文に呼ばれて顔をあげる。 和幸は「ああ、終わったのか」と言って腕時計を見ながら立ち上がると時刻は正午を過ぎていた。 「昼だけど、お前お腹減ってる?」  和幸自身は健康的な朝食の腹持ちが良すぎて然程お腹は減っていなかったが、念のため奴に問うてみると、問うた瞬間にお腹が鳴る大きな音が和幸の耳に響いてくる。 慎文は恥ずかしそうに「……お腹減った」と頬を赤らめては小さく頷いていた。 ご飯屋に行ったところで和幸は食べられる気がしなかったので、仕方がなく建物の最上層階にあったカフェで昼食をとることにした。 慎文は座席に案内されて向かいの席へとつくなり、真っ先にメニュー表に手を伸ばしていた。 相当お腹が減っていたのだろう。 お冷を飲んではメニュー表を真剣に眺めていると途中で「俺、時間かかるからカズくんからどうぞ」と渡されたが、和幸は「俺は珈琲だけでいい」と突っぱねて受け取らなかった。  慎文は和幸を気にしながら再び目線をメニュー表へと移すと暫くして「ホントにいいの?」と問うてきたので目で頷いてやる。 すると奴はメニューが決まったのかテーブルの店員呼び出しボタンを押した。 数秒ほどして店員が注文用の電子パッドを持ちながらやってくると、慎文が自分の食べるものと和幸の珈琲を注文する。 店員がいなくなった途端に慎文との流れる空気に気まずくなり、手元のグラスを手に取ってお冷に口をつけることで気を紛らわしていた。 奴も奴で何処か落ち着かない様子で目線を泳がせている。 「あーそうだ。お前のおばさん元気か?あとうちの母ちゃんも」  こんな沈黙の中で料理が運ばれるまで耐えることなんてできない。少しの繋ぎのつもりで話題を振ってやると、慎文は顔をあげ、テーブルに身を乗り出してきた。 「母さんは相変わらず元気だよ。カズくんのお母さんはこの間、うちに来て母さんと雑談してたかな……。カズくんのことも話してた」 「ああ、そう」  和幸の問いがきっかけとなったのか慎文が饒舌に近況報告を始める。 「カズくんのお母さんってカズくんに似て綺麗だよね。そうだ、カズくんは今年も年末年始は帰らないの?」  母親似て綺麗ならまだ分かるが息子に似て母親が綺麗って……。慎文の言葉のニュアンスに疑問を抱きながらも深く突っ込むのはやめた。慎文の主観は全て和幸中心なことは粗方予想がついているからだ。 「帰らない。どうせまたお前の家族と集まるんだろ」  去年だって一昨年だって帰省していないのにもかかわらず問うてくる慎文が鬱陶しい。 苛立ちを覚えた和幸はテーブルにあった灰皿を自分の目の前でまで持ってきては上着のポケットから煙草を出して咥える。 火をつけようとライターを着火させた途端に慎文に灰皿を取り上げられてしまった。「ダメだ」と言わんばかりに頬を膨らませて険しい顔をする。 「帰って来てよ……。おばさんだって何年も顔見てないって心配しているし。それに、久しぶりにカズくんと年越ししたいな」  煙草を阻止されたことと叶わぬ願望を口にする慎文に苛立ちに拍車がかかり、思わず舌打ちをした。確かにこれから飯だというのに吸うのも配慮がなかったとは言え、此奴のオヤジや兄貴は吸っていた筈なのに和幸にだけダメだと言われるのが腑に落ちない。 観念して深く溜息をつきながら咥えた煙草を仕舞うと注文していた珈琲が運ばれてきたので、口寂しさは紛らわせそうだった。 「俺は、正月は大人しく過ごしたい派なの」 「小さい頃はカズくんだって楽しそうに遊んでいたじゃん。あの頃みたいにまた楽しくしようよ……」 「それはガキの頃の話だろ。今は大人だぞ?つーか俺はお前に会いたくないから行かないのが九割占めてんの。おわかり?」  幼い頃の思い出を話していたところで今は立派な大人だし、お互いに騒いで遊ぶ年齢でもない。  想い出に浸ろうとする慎文を引き戻す為にわざと棘のある言い草で返してやると、怒り悲しんだように表情を歪ませていた。 「でも、今はこうして俺が来たら会ってくれてるじゃん。こっちに帰ってくるくらい……」 「それは、お前が勝手に来てるだけだろ。居留守使ったら使ったで、部屋の前で待たれるのは近隣の迷惑だからだ」 「そんな俺を邪魔者扱いしないでよ……。あの時は……どうしてもカズくんと会って話したかったんだもん」  初めて此奴が部屋に訪問してきたとき、午前中にインターホンが鳴り、覗き穴越しに此奴の顔が見えて、驚きと蘇る恐怖のあまり居留守を使ったことがある。 そのまま奴が帰るのを待っていると夕方ごろにドア越しに人の声が聞こえたかと思えば、隣の部屋の年配主婦と慎文が話していた。  隣人に怪しまれてしまったのではないかと危惧した和幸は、主婦が自室に戻ったのを確認して、慎文を部屋へと招き入れることにしたのだ。 そんなことを思い出していると目の前の慎文の口元がキュッと縛られ、今にも泣きだしそうな顔をされる。 自身のことを拒絶している男なんか忘れて誰かと交際でもしてくれれば和幸としても気楽になれるのだが、呆れるくらい自分に執着している男に深い溜息を吐いた。 「お前はどうしてそんなに俺に拘ってんだ」  溜息と共に口から吐き出すようにでてきた問いかけ。こんなことを慎文に問うたところで奴の返答なんて分かりきってはいるが……。 「それは……。カズくんが好きだから」 「好きにも色々あるだろ。お前のそれは俺のことを兄貴みたいに慕っているからじゃないのか?それを単純に恋愛と錯覚してるだけだろ?」  案の定、直球で『好きだ』と返してきた。それでも、慎文の気持ちを素直に受け入れることに抵抗があった和幸が否定してやると、奴は「違うよっ‼」とテーブルを叩きながら訴えかけてきた。と思えば眉根を下げて顔を俯ける。 「……カズくんのことはちゃんと恋愛対象として好きだもん……。カズくんと沢山出かけたいし、本当はできるならキスだって……そ、その……」  身体をもじもじと揺らしながら言葉を躊躇おうとする慎文に鳥肌が立った。 「それ以上言うな。寒気がする」  その先なんか聞きたくない。奴の今までの行動を思い返せば勘違いの線はないことくらい分かっているから尚更だった。 「カズくんは優しいし、頼りになるし、俺より小さくて可愛いし、離れるとすぐに会いたくなるのが恋愛感情じゃないわけがないじゃん……。俺はカズくん以外に好きになれる人なんて居ないよ」  慎文が此処に来るたびに、耳にタコが出来るほど聞いている好意を示す言葉。嫌いだと拒絶してもめげずに向けてくる熱い視線に和幸は、一切応える気などなかった。 「お前は視野が狭すぎなんだよ。もっと視野を広げてみろよ。お前のこと気に入っている奴ぐらい沢山いるだろ?」  幼い頃から天使だと周りから可愛がられて、成長するにつれて愛嬌もあって女性から熱視線を浴びるほどの容姿の良さ。 和幸に拘りさえしなければ、早々に結婚していても可笑しくはない。 「視野がせまくていいよ。他の人なんてどうでもいい。俺はカズくんしか興味ないから」  遠回しに断ろうが、正直に断ろうが慎文の思考はブレることがない。 このままではイタチごっこだ。どんなに論破しようとしたところで和幸の心労が増すばかりなだけ。 返す言葉も見つからず、珈琲に口をつけて一息つこうとしたところで、向かいの慎文が隣の席に置いた荷物から紙袋を取り出してきた。先程のアクセサリーショップのものであろう。中から小さな青色の箱を出してテーブルに置いてくる。 「カズくん、右手出して?」 「なんで、嫌に決まってるだろ」  何となく嫌な予感しかしないのは、アクセサリーショップの小さな箱と言えば思い当たるものがひとつしかないからだった。  和幸は意地でも手を出さないつもりで右手を背中に回して隠してみたが、慎文が身を乗り出してくると強引に上腕を掴まれて、手首をテーブルに押さえつけられてしまう。 「おまっ、必要以上に触るなって……」  触れられた手に怒りを向けている隙に、右手の薬指にシンプルなシルバーの指輪を嵌められて背筋が凍った。 「なんだよ、これ」 「指輪。俺とお揃いのやつ」  慎文は満面の笑みを浮かべながら自身の指に和幸のヤツと同じ指輪を嵌めると手の甲を向けて見せつけてきた。 「ふざけんな、こんなのつけて歩けるわけがないだろ」 こいつとペアリングだなんて冗談じゃない……。 和幸は慎文と自分の指先を交互に眺めては、深い溜息を吐くと一刻も早く外そうと指輪に手を掛けた。そんな和幸を目にして慌てた慎文が「ダメ、外さないで‼」と手首を掴んで阻止してくる。 「お前なぁ……。俺は別にお前と正式に交際してるわけじゃないんだぞ」  周りの目も気になっていたが、掴まれた手が唯々鬱陶しい。怒り任せに振り払ってやると、慎文は主人に怒られた飼い犬のようにすぐさま手を引っ込め、大人しく肩を窄めて背中を丸めていた。 「一応、恋人だから。形だけでも恋人気分味わいたくて……」  今にも泣きだしてしまいそうなほど瞳を潤わす慎文に呆れてものを云う気にならならなかったが、触るのも抱き着くのもダメ、それに加えて指輪もダメなんて何もかも否定するのは可哀相に思えてきた。 「分かったよ……。指輪くらいなら許してやる」 「ホントに⁉やった……」  あくまで此奴がこっちに居るまでの間だけ。  一週間程度なら我慢できなくもない。よりにもよって指輪なんて、和幸ですら交際中の恋人へそんな粋なプレゼントを送ったことないものを……。 しかも慎文の恐ろしいところは和幸ですら知らない指のサイズを知っているところだった。指輪なんて予めサイズを測らないと嵌らないものを和幸の指のジャストサイズで買ってきたことにギョッとした。 「と言うか、サイズよく分かったな」 「さっき握ったとき、これくらいかなーって」  慎文はゲームセンターで繋いだ時のように自らの両手指を絡ませて握る。手を握ったくらいで指のサイズを当てられる感覚があるのなら、こんな三十代の独身男に執着などせず、慎文に想いを寄せる人に活かせばいいものを……。  和幸は右手薬指に違和感を覚えながらも冷静さを欠かないように再び珈琲に口をつけた。 日頃お洒落だったとしても指輪は身に付けない。 嬉しそうに指輪を眺めている慎文の一方で苦手な幼馴染とのペアリングは和幸を得も言えぬむず痒い気持ちにさせた。

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