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chapterⅣ 指輪にキスと奴の不穏④
「寄せ付けてやんの……」
翌日の昼休憩。ただの冷やかしのつもりでデパートの最上階で開催されている物産展に足を運んだ。
平日にも関わらず混雑気味で、客層的にはご年配の主婦が多く見られた。どうやら、慎文の実家だけではなく全道各地の農場が挙って出店をしているらしい。
フロアマップを頼りに慎文の出店場所へ行くと、彼の容姿はオバちゃんだけではなく、若い主婦層まで虜にしているようだった。
少し遠目から奴の様子を眺めていると慎文はスーツの上から襟字に『矢木田牧場』と印字された赤い法被を羽織っていた。終始客に向かって爽やかな笑顔を向けては、満更でもなさそうな姿がどこか釈然としなかった。
慎文が女性好きであるのは喜ばしいはずなのに面白くないと思っている自分は単純に奴の容姿に嫉妬しているからなのか……。
客が途切れた隙を狙って、ゆっくりと慎文の元へと近づくと「カズくんッ‼来てくれたんだっ」と声をあげながら、先ほどの笑顔の時よりも輝かしい瞳をさせて手を振ってきた。
慎文が先程女性たちに向けていた笑顔はあくまで、営業用なのだと分かると安堵する自分がいた。
「お前がちゃんと仕事しているか冷やかしに来た。大盛況しているみたいで良かったじゃん」
「うん、でも恥ずかしいなあ。法被姿とか恰好よくないし」
「来いって言ったり恥ずかしいって言ったり面倒くさいやつだな。それ、似合っているから心配すんな」
慎文は背も高いし着るものを選ばない顔をしている。特別に可笑しいわけではなかったが、普段自分に甘えてくる奴が真面目に仕事している姿は、子供が大人ごっこをしているみたいで笑えてくる。
口元に手を当てて笑いを堪えていると「似合ってるって言いながら笑わないでよ」と慎文に顔を真っ赤にしながら怒られてしまった。
好意を寄せられていることに関しては鬱陶しく思っていても、奴自身の中身は幼い頃と何ら変わっていない。その面影が愛おしく思えてしまったことに、正気に返った和幸は慌てて感情を払拭させた。
「ごめん、ごめん。ならお詫びに貢献してやるよ。お前んところのチーズ好きだし」
此奴に対する感情から気を逸らすためにコートの内ポケットから財布を取り出した。
冷蔵ケースのチーズを手に取り、差し出すと慎文に手渡し、袋に入れてもらう。
勘定を終えた所で「慎文か?」と背後から男の声がして振り返ると灰色のスーツに前髪をあげた茶色い短髪の男が此方へ向かって来ていた。
慎文の友達だろうか。
慎文は実家が酪農場であるために地元から一切出ることはない境遇ではあるが、和幸のように跡継ぎのない奴らの大半は、街の方の大学や就職先を探して出て行く者の方が圧倒的に多かった。
なので、市街地の方で偶然に出会うことは珍しくないのだろう。
男はゆっくり此方へ近づいてくると、商品が陳列されている平台越しに馴れ馴れしく慎文の肩を抱いてきた。慎文の方が背丈はあるせいか、少し前屈みになっている。
「久しぶりじゃん。お前大分変ったなー。中学の時は小さくてひ弱だったのに。一瞬目を疑ったけど牧場の名前で分かったよ」
よくある旧友との再会ってヤツだろうか。
馴れ馴れしい男の一方で、慎文の表情が何処か浮かない表情をしているのが気になったが、仲睦まじくも見えた。
男は肩を抱くのを止めたかと思えば、背伸びをして「体はでかくなっても相変わらず可愛い奴だなー」と慎文の頭を撫で始める。
慎文は耳朶を真っ赤にして「櫂先輩かいせんぱい、やめてよ……」と男の手を払ったことから、ただの友達ではないような気がした。
何だかこの二人の様子がやけに生々しく感じる。
「久しぶりに再会したのに冷たいなー」
「どうして先輩がここに……」
「此処のデパートの催事担当なんだよ。エリアマネージャー。また昔みたいに仲良くしような?」
慎文に拒否されたはずなのにしつこく彼の頭を撫でる男。先輩と言うのだから学生時代の仲なのは間違いない。
慎文にも可愛がってくれるような先輩がいた事実に、胸の内を引っ掻き回されるような感覚がした。奴が誰と仲良くしようが関係ないはずなのに気になっている自分に嫌気がさす。
「俺、会社戻るわ」
これ以上、男と慎文のやり取りを傍観するに堪えられず、沈黙が訪れた隙をみて声を掛ける。逃げるように踵を返し会場の出口の方へ一歩踏み出したところで「待って、カズくん」と声を掛けられた。
「カズくん?お前がカズくん?」
慎文ではない声が和幸の名を呼ぶ。和幸が振り返ると慎文と話していた男が眉間に皺を寄せて詰め寄ってきた。
向こうは和幸のことを知っているのか鋭く睨みつけてくる。和幸自身、この男とは初対面だ。
「そうですが……。僕は貴方のことを存じあげませんが……?」
「へー。慎文と付き合ってんの?」
和幸の返答を無視して問うてくる男から敵意を感じた。
傍観していた時から自分には相性が良くない性格なような気はしていたが、初対面で不躾な質問をしてくる男に不信感が募る。
この手の質問をしてくるということは、慎文と男は単なる先輩後輩の関係ではないことは明確だった。僅かな可能性が頭を過らせる。
もしかしてこの男は慎文が遠い昔に初体験を済ませた男なのではないのだろうか……。
慎文に視線を移すと目を泳がせて顔面蒼白としていた。多方面から好意を寄せられるのであろう慎文の容姿。
慎文が和幸に好意を寄せてしまった要因がこの男にあるのではないかと思うと腹立たしくなってきた。
変な誤解をされて勝手に敵意を向けられても困る。同じ土俵にあげられるなんて勘弁してほしい。
男の問いに否定をしようと口を開いたところで、奥の方から「つ、付き合ってるよ」と精一杯の慎文の声が聞こえて愕然とした。
「お前、何言って……」
「付き合ってる‼カズくんと付き合ってるから……」
否定の言葉を掻き消すように慎文は男に宣言してくる。何を思って慎文が第三者の前で堂々と宣言したのかは知らないが、自分たちの関係は確かに恋人ではあるけど正式なものじゃない。あくまでごっこだ。
数日もすればただの幼馴染で終わる関係に他言する意味が分からない。慎文も男に宣言している割には、和幸と一切目を合わせようとしていなかったので、嘘をついているのだという自覚はしているのだろう。
「へぇ。良かったじゃん。でも残念。フリーだったら、昔みたいに相手してやろうかと思っていたのに」
男は慎文に近づいて右腕を引くと、顎を持ち上げて奴の顔をねぶるように眺めた。
一方で慎文は口を一文字に結んで目を瞑ると「やだ……」と言いながら男の手を払い落とす。
男は慎文の拒絶に諦めたのか再び和幸の方に向かってくると「慎文、やたらと上手いだろ?調教してやったの、俺だから」と耳元で囁かれて、あまりの悪寒から鳥肌が立った。和幸が言い返す間もなく、人混みの中に消えていく男。
肝心の慎文は心ここにあらずの状態で浮かない表情のままだし、何より勝手に敵対心を抱かれて、マウントを取るような言葉を投げ捨てられたことが不愉快だった。
嘘をついた慎文もそうだが、あの男にも腹が立つ。
結局、向こうの名前すら分からないまま、無礼極まりない態度を取られて、反論もできなかった自分が不甲斐なかった。
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