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第5話 表
その後、重い体にムチを打って学校に来た。
マンションからもそこまで離れていない芸能科のある高校だ。慧菜と俺は1年で、央華は3年。三人一緒に学校に向かうことも少なくない。
今日は央華は午前中も仕事があり、別行動ですこしホッとした。
とはいえ、みんな別のクラスだから、学校についてからは顔を合わせることもあまりないのだが。
「楓季くん、おはよ」
「愛架さん! おはよー」
10時過ぎ、あさイチで仕事があったらしい相田愛架 が登校してきた。彼女とは今月から公開されている月9「グッバイ・ティーチャー」で共演している仲だった。和気あいあいとしていてやりやすい現場ではあったが、若いながらも劇団上がりの実力派女優の愛架と兄妹役という重責を少なからず感じていた。
「なんか疲れてない? くまでてる」
そんな愛架にひと目で気付かれるくらい、疲れが顔に出てしまっていたようだ。
「昨日ちょっと眠れなくてね。愛架さんこそ疲れたでしょ、朝から生放送」
「うん。入りめっちゃ早いしハードだねぇ、朝の情報番組」
大人顔負けの演技力のわりに、こうして年相応に話しやすい彼女に少し安心する。
嫌なことや、暗いことを考えずに16歳の高校生の俺を演じるだけでいいから。
「ね、そういえば、今度のミュスタでるんだよね」
「そうそう、さすが情報早いね」
ミュスタ――ミュージックスターズというゴールデンタイムの音楽番組だ。新曲の発表に合わせて出演が決まっていた。
「前も話したけど、わたしオウ様のファンなんだよね! だからリアタイしたくって」
オウ様というのは央華のファン達からの呼び名だ。
どうしても、朝のことを思い出してしまい気まずくなった。こんな風にファンがいるのに、俺なんかが汚してしまっているような、そんな気分になる。
しかし悟られるわけにはいかないから、顔に笑顔を貼り付けて相槌を打つ。
身体の関係を迫られてるなんて、口が裂けても言えない。
俺の印象だけでなく、央華の印象まで……。
”ふつうもっと相手を酷く言うものだ。傷つけられてるんだから。”
匡次郎の言葉が頭に浮かぶ。
真っ白な髪の毛。真っ白な肌。赤い目。
非現実的な彼の姿や、澄んだ声が夢のように思えてくる。
”少しは自分を労れ、守れ。せめて、嫌なら嫌とはっきり言え。したくないのなら同意などするな。”
俺は、また断れなかった。流されてしまった。
したくないのかどうかすら、嫌なのかどうかすらもうよくわからないんだ。
「――ね、楓季くん?」
愛架の目鼻立ちのはっきりした顔が近づきはっとする。
「あ、ご、ごめん……」
「やっぱ疲れてるんでしょ? 話付き合わせちゃったね」
「いや、全然そんなこと」
「そろそろ先生来るし、またね」
特に気にする様子もなく自分の席に向かう愛架を見送り、こっそりため息をついた。
寝不足に朝のこともあって、身体が疲れているのは事実だった。このあと仕事もトレーニングも入ってるのにと少し憂鬱になる。
チャイムが鳴って、次の授業の準備をする。
授業中は、なんとか眠気に抗いながらノートを取った。
俺の、表の楓季は、仕事も勉学も両立していないといけない。
ただの俺のこだわりでしか無いが、昔からのことだ。
素の地味で面白みのない自分ではなく、人気者で文武両道の自分を表に出してずっとやってきたから。
芸能界に入った今は尚更、そのイメージを崩すわけにはいかない。
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