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第6話 ブーゲンビリア

 午前中の授業が終わり、このあとの雑誌の撮影のため早退する。 「あ、楓季くん仕事? ちょっと待って!」  荷物をまとめていると愛架に声を掛けられた。彼女は自分の席に戻りカバンから何やら取り出して持ってきた。 「最近はまってるの、グミ。甘いもの平気だったよね?」 「うん、好き」  手渡してきたのはぶどう味のグミだった。 「よかった~。お仕事頑張ってね!」  明るく微笑む姿に鬱屈した気分も和らぐ気がした。  ドラマの撮影でどうやっても顔を合わせるのもあって、愛架は最近よく話しかけてくれる。その純粋さに心が和んだ。 「ありがとう! 愛架さん、じゃあね」  手を振ってドアに向かうと、ちょうど東雲慧菜(しののめ えな)が荷物を片手に立っていた。  目が合うと、彼は肩口まで伸ばしたミルクティー色の髪の毛を耳に掛けてにこっと微笑んだ。 「行こ」  そう声を掛けられ廊下を歩き出す。  慧菜はいわゆる女装男子というやつだ。体も小柄で、俺より頭1個分くらい小さい上に華奢で、同い年の割に幼い顔立ちをしていた。  制服も堂々と女子と同じスカートを履いて、そのすらっとした足をさらけ出している。10月に入ってからは黒いタイツを履いているから余計に足が細く見えていた。 「相田さんと仲よさそうじゃん」  ぼそりと呟く慧菜の声にぞくっとする。 「ほら、ドラマ一緒だからそれで、よく顔合わせるから」  なんとか誤魔化そうとするが、ふーんと不服そうに横目で見られる。  彼もNeko-Moonlightのメンバーの一人。彼、慧菜とも俺は身体の関係があった。  央華とはわりとさばさばと性欲を満たすに留まっている(と思っている)が、慧菜はちょっと具合が違う。 「ふうくん誰にでもいい顔するよね」  どこか棘のある言い方をされる。 「そう、かな?」  あははと愛想笑いをする。正直どう接するのが正解なのかよくわからない。  階段に差し掛かり降りていくと、途中で慧菜が立ち止まり、どうしたのかと彼に視線を向け見上げる。 「……!」  振り向きざまに、上段にいた慧菜に頬を包まれキスされた。  驚いてすぐ身体を離し周囲を確認する。ちょうど人はいなくて、誰にも見られていないようでほっと胸を撫で下ろした。 「もう、外ではだめだって……」  はぐらかすように明るい調子で言うと、慧菜は踊り場に立つ俺に飛び込むように抱きついてきて、慌ててその身体を抱きしめて受け止めた。 「ぼくじゃだめなの?」 「え?」  胸の中でそう小さく零す慧菜。こうしていると、本当に女の子を抱きしめているような錯覚をする。甘く香る香水や化粧品の匂いが鼻腔を占める。 「慧菜、愛架さんはただの……仕事仲間だから、慧菜とは違うだろ?」  誰か来るかもとひやひやしながらも、落ち着いた風を装って、慧菜の頭を撫でる。 「じゃあ、名前で呼ばないでよ……」 「名前?」 「相田さんのこと」  それでふてくされてるのかと、やっとわかって笑ってしまう。 「現場で相田って名字のひと他にもいて、その癖で。深い意味はないよ?」 「そうなの?」  ぷくっと頬を膨らませて聞いてくる慧菜に微笑みかけて頷いて見せる。 「なら、まぁ、仕方ないね」  やっと理解したらしく、慧菜は俺の手を引いて歩き出す。  慧菜は細かいとこを良く見ていたり、人が気にならないようなことに気がついたり、いいところではあるけど、こういう時は焦ってしまう。 「今日の雑誌、かわいい服かなー?」 「どうだろ、今の時期なら冬服だろうね」 「ニットワンピ着たいなぁ」 「似合いそうだね」 「でしょ」  ご機嫌で微笑む姿は可愛いんだけどなと、思う。  実の兄弟は姉が一人で、こうして甘えられる機会はなかったから、弟みたいでかわいい。  身体さえ求められなければな、と心のなかでため息をつき、校門まで歩いていった。

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