14 / 26

第14話 夢ならば

 腰と下半身の痛みで目が覚めた。  悪い夢だと思いたいのに現実だと突きつけられる。  カーテンの隙間から光が差し込み、日が高いのがわかる。  ぐったりしつつも身体を動かしスマホを取ろうとベッドサイドテーブルに手を伸ばした。  どちらかが持ってきてくれたのか、水のボトルがあり手にとって飲んだ。少し頭がすっきりして、より後悔が押し寄せてきた。 「はぁ……なんでこんなことに」  また嫌がることができなかった。流されてしまった。  きっと3人ともライブ後の高揚感も相まっておかしくなっていたんだ。  そうであってほしい。  スマホを開くと慧菜からメッセージが来ていた。 ”先生には連絡したから学校休んでゆっくりしてね”  マネージャーにも連絡してくれてたのか何件か不在着信とメッセージの通知があった。  打ち合わせは後日にずらし、その後のラジオ収録は休めない。  数時間後には出なくちゃいけない。  腹部の鈍痛と全身の筋肉痛、頭も痛む。何より中に遠慮なく出されていたからそれで体調が落ち着くまでしばらくかかった。  ラジオ収録までにはなんとか動けるようになったが、心身ともにきつかった。 「というわけで本日は、今をときめくアイドルNeko-Moonlightの照月楓季くんにお越しいただきました!」 「照月楓季です。よろしくお願いします!」  しかし、仕事は仕事だ。しっかりやらなくてはと自然とスイッチが切り替わる。  アイドルとしての活動もだが、今出演しているドラマの話題がメインで気が紛れた。 「主演の円木(つぶらぎ)さんには良くしてもらってて」  なんだ、あんなことあったのに普通に笑えるじゃん。  にこにこ顔に笑顔貼り付けていられるんじゃん。 「そうですね! お兄ちゃんみたいな」  これがプロ?  単に心が死んでるような気もしてくる。  死にたがってる自分も消えたがってる自分も嘘のように感じてくる。 「それではこの時間のお相手は山高(やまたか)るいと」 「Neko-Moonlightの照月楓季でした!」 「それではまた」  収録が無事に終わり、ふうと息をつく。  顔に笑顔を貼り付けながらも無性に泣きたくなった。  何やってるんだろ俺。  身体がだるくて、痛くて、心のなかでは泣き叫んでいて。 「照月くんありがとう、すっごく楽しかった」  彼女の明るい笑顔に、笑顔で返す。 「いえ、俺の方こそとっても楽しかったです」  楽しい? 何を言ってるんだろう。  頭が痛い。  早く一人になりたい。  いつも以上に心の声がうるさくて耳障りで、黙らせるのに必死になった。  マネージャーに送られて夕方、マンションに戻った。  足取りが重く、吐きそうなくらい気分も悪かった。  二人がいたらどうしようと気が滅入って、心臓が嫌に早く鼓動を打って、冷や汗が滲む。  どうしても、扉を開けることができなくて、来た道を引き返した。  陸橋を通り過ぎ、数度訪れたホテルに向かう。まだそこに居るかわからないけれど縋り付ける先はそこしかないから。  エレベーターに乗って、廊下の端の部屋まで歩く。  扉をノックする。  しんと静かだ。  もう一度ノックする。  だめだ、いないのかもしれない。  涙が滲んで零れ落ちる。  最後にもう一度、強めに扉を叩いて、反応が無いのを確認して、扉に背中をくっつけたまましゃがみ込んだ。  ぼろぼろと涙が溢れて、眼鏡の上に、抱き込んだ膝の上に落ちていった。  スマートフォンを開いて待ち受けにしている猫の絵を見る。  匡次郎に会いたい。  もう一度だけでいいから。  よくよく考えたら彼のこと何もしらないままだった。  絵を描いていて、絵を仕事にしていて、しばらくホテルに滞在している。そして猫が好き。  そのくらいしか知らない上に、聞きもしなかったな。  もしかしたら、本当に妄想だったのかも知れない。  夢だったのかも知れない。

ともだちにシェアしよう!