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第16話 月はいつも表をみせる
あの日から数日たった。
ずらした仕事に追われていたのもあり、あまり二人とはじっくりと顔を合わせることもなく時間が過ぎていた。会うとしても第三者がいる仕事場で触れ合いもなく、会話も仕事の話をメインでなんとかやりすごしていた。
正直顔を合わせるのも気まずく、気も遣う。
二人それぞれと成り行きとは言え関係を持っていたとばれてしまったのは、まるで浮気がばれてしまったような罪悪感があった。どちらとも仲良くしたい反面、断りきれずにずるずる関係を続けた自分が悪いのはよくわかっていた。
二人は攻めるでもなく、険悪になるでもなく、比較的いつも通りだった。
それがまた、いつか不満をためて降り掛かってきそうな怖さがあった。
今日はドラマの撮影で朝からロケだった。
二人とは夜まで顔を合わせる機会もなく気が楽な日だった。
「楓季くん」
「あ、円木さん!」
なにより、今日は月9ドラマ「グッバイ・ティーチャー」のほぼほぼ大詰めの回の撮影だった。
主演の円木武志 と一緒に演技するシーンがメインでいつも以上に緊張する。
「緊張してる?」
「はい。そりゃ円木さんとだし」
メインヒロインの愛架も劇団上がりで相当な実力者だが、主演の円木も当然かなりの実績のある若手俳優だった。朝の特撮ものの主役に、今回の月9主演、来年は主演映画まで公開予定。爽やかなルックスだけじゃなく、俳優としての実力もあっての実績だ。
「僕も楓季くんとだと張り合いあるよ。毎回飲まれそうになるもん」
「そんな」
「でも、負けないよ。”先生”としても、僕としてもね」
挑発するような彼の視線にどきどきした。俳優として認められているんだと。
差し出された拳に拳をぶつける。
「俺も、全力で行きます」
俺は花の美しさを知っている。
自分が火花を散らし煌々と燃え盛る場所を知っている。
俺と円木演じる、タクミとヒロシ先生が波止場で対峙する。
「なぁ、ヒトミにちょっかい掛けるのはもうやめてくれよ、先生」
タクミは、愛架が演じるヒトミの兄だ。だがそれ以上の気持ちをお互いに抱きながら幼少期からひとつ屋根の下で過ごしてきた。
その恋心に苦しむ二人の間に、ヒロシ先生が現れる。そして、ひょんなことからヒトミは秘密を打ち明けてしまう。
反発し慰め合いながら惹かれ合う先生とヒトミ。
気持ちを言葉にできないまま、応援しながらも嫉妬に燃えるタクミ。
「もうヒトミから聞いたかも知れないが、僕とヒトミは本当の兄妹なんかじゃない。血の繋がりがないんだよ、だから」
物語の終盤で発覚する真実。
はじめから知っていればタクミとヒトミはきっと結ばれていたのに。
「タクミくん。それでも、今のヒトミちゃんの気持ちに気付いてないわけじゃないだろう」
男と男として対峙する先生とタクミ。
勝てるのか、この男に?
何もかも完璧なわけじゃない。頼りなくヒトミに心配されるような男だが、ヒトミに真摯に寄り添える、そんな男に。
「誰よりも、僕はヒトミを愛してる」
気持ちが込み上げて涙が溢れていた。
演出にはない。
だがストップはかからない。
ならこのまま、タクミに任せよう……。
「ヒトミを誰よりも好きで、守ってきたのは僕だ。僕なら彼女を幸せにできる。でも先生、あなたはちがう。なにより、彼女のために先生をやめられるんですか?」
クールで誰よりも完璧主義なタクミ。ヒトミに見合うように、ヒトミを守るように、すべてそのために我慢して抑え込んで、受け入れてきた。
だけどここだけは譲れないんだ。好きで大切なもののためなら、なりふり構わずに戦う男だ。
「どっちにしろ、僕が取る手は一つです。あなたには彼女の前から消えてもらう」
涙を拭くこともなく、挑発的に、しかし不敵に微笑む。
憎しみよりも何よりも勝利への喜びに身体が震わせながら。
「君にそんなことはさせないよ。ヒトミちゃんの傷にはなりたくないからね」
だけど、先生はどうしようもなく僕の上を行く。
「俺は教師を辞める」
リハーサルで何度も聞いたセリフに脳が揺れるほどのショックを感じる。
どう抗おうと二人の仲を裂けないのではないかと不安に駆られる。
「ヒトミちゃんの気持ちに応えたいんだ。先生じゃなく、一人の男として」
勝利から一転して、敗北に焦りを滲ませる。
張り裂けそうな強い感情に飲まれるように、先生に掴みかかる。
「そんなこと、口だけのくせに!」
「俺はヒトミちゃんの為にならなんだって出来る」
淡い期待を打ち砕くように、先生の言葉が響く。
真っ直ぐな覚悟を決めた表情に、最後に残る気持ちを込めながら睨みつける。
「そんくらい、好きになっちゃったんだ、あの子を」
ヒロシの気持ちに偽りがないとわかり、力が抜け、涙が零れ落ちる。
きっと本当に覚悟を決めかねているのはタクミの方だった。誰よりも好きだから、好きな子を泣かせたくなくて、他の男の元でもいいから笑っていてほしくて――。
「カット!」
スタッフの声がして、拍手が聞こえて、夢から覚めるような感覚になる。
俺と円木は顔を見合わせて、小さく笑った。
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