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【央華】君がアイドルと知ってから。

央華  楓季のことは中学から知っていた。  事務所のジュニアで、すげーのがいるよって噂になっていたから。  入りたてでダンスはもう完璧で、歌だってそこそこいける。  なにより、周りを魅了する輝きがあった。  アイドル――。  もともとは「崇拝の対象」を指してたとも言うけれど、彼をひと目見ただけで俺は何か変わってしまったんだ。  嫉妬? 焦り?  そんなふうにも思っていた。  俺だって小学生の頃からアイドルして、先輩のバックにもライブにも、テレビにだって出てた。  わりとファンもいたし、実力だって負けてない。  だけど、それだけじゃダメなんだって思い知らされた。  花とか魅力とか、そういうやつ。 「なぁ、俺って魅力ある?」  当時付き合ってた男はけらけら笑ってたっけ。 「キャラじゃねぇ」  とか言って。  そんなん俺が一番わかってる。  だけど、あっという間に同じとこまで昇りつめてきて、同じステージでバックダンスして、差がどんどん開く感じ。  まわりのやつらみんなから好かれて、先輩にも可愛がられて、にこにこ笑ってて。  一方の俺は、後輩には怖がられてるし、先輩の何人かには嫌な顔されることもままあった。  実力じゃ負けてないって、思えていたのに。  誰よりも努力して、真面目に練習して。  俺だってまだ。  それがいつまでもつのかなって、怖かった。  高校3年の春、Neko-Moonlightとしてそんなライバル視していた楓季と組むことになった。  ちょうど前のグループが解散して空いた俺と、ジュニアで人気があった楓季、慧菜の三人。  一方的に比べて、焦っていた楓季がとうとうすぐ隣に来て、悔しかった。  慧菜のことはうっすらとしか知らなかったが、間近で見ると堂々としていて、正直かっこよかった。ゲイであることをひた隠ししている俺とは違う。  顔合わせの日。楓季が手を差し出した。 「よろしくおねがいします」  俺に向けられた笑顔を覚えてる。  眩しくて、暖かくて、お日様みたいだなって柄にもなく思っていた。  焦燥感。  嫉妬。  憧れ。 「まだ帰らないの?」 「うん、もっかいだけ。どうしても上手くいかなくて」  デビュー曲のダンス。慧菜のレベルに合わせてそこまで難しくはない。  なのに、何度も何度も繰り返して、もう出来てるだろってとこから更に繰り返して――。  あぁ、そりゃ、違うか。  この人は違うんだ。 「足」 「え?」 「足の向き。もう少し開いたら」 「あ……すご、いい感じかも」  練習繰り返して疲れてるはずなのに、それなのにすごい笑顔。  輝いて、光って、きらきらのやつ。 「ありがとう、央華! やっぱすごいや」  その笑顔が俺に向いてるのって。  なんか。  なんか。  すげー、やばい。 「央華、見てこれ」  動物の動画でにこにこしたり。  隣に俺いるのに鼻歌歌ったり。 「央華、目の色めっちゃきれい」  なんて、俺を覗き込んで言ったり。 「央華!」  って、名前、呼びながら笑ったり――。  焦りにもいろんな種類があるんだね。  気付くと考えてたりさ、つい目で追ったりさ。  そんで、その横に慧菜。 「ふうくん、今日のかっこ好みでしょ?」  フリルのついたミニスカートのワンピース。  大きなリボン。  ピンク。  細くて色白な足。 「うん、慧菜によく似合ってる」  きらきらの笑顔、誰にでも向けるよな。  照れてはにかんだり。  褒めたり。  嫉妬。  紛れもないジェラシー。  あぁ、俺にもこんな感情あったんだって、不思議だった。  あいつがべたべたするなら、俺だって。  俺のほうが。 「お、央華……」  暑い暑い夏の日。  彼に初めてキスをした。  困惑して、でも強くは抵抗しない彼に酷く欲情した。  心もなんてわがままは言わない。  誰かの一人でも、いい、とは言い切れない。  好きなのかも。  好き。  好きだ。  嫌がらないから漬け込んだ。  好きで、好きで、好きなんだって。  言えないまま何度も何度も抱いた。  次第に快楽に身を委ねる。  そんな自分に困惑して、堕ちそうになって揺らいでる彼を墜としてしまいたかった。  楓季を欲する自分だけが妙にリアルなんだ。  他は惰性で、淡々として。  だから余計に、傷つけてると知りながらも彼を抱いていた。  崇拝どころじゃないよ。  狂っちゃいそうだよ。  楓季。  そう呼ぶとにっこり微笑む。  その笑顔に生かされてるような気さえしてるんだ。

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