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きょうふう注意報2
年があけた1月。雪がちらつき、かなり冷え込む日々が続いていた。
新年の賑いもそこそこに日常が過ぎていた。
あれから、匡次郎とは度々連絡をとるようになった。
9時間の時差のせいもあり、話すのは夜中か朝方が多かった。仕事終わりや眠りに付く前に、のんびりと午後に起きる匡次郎と話した。
何気ない話でも嫌がること無く聞いてくれる彼との時間は、忙しい日々の心の支えになっていた。
「それでわんにゃんパークのロケに行ってね、その現場でちょっともりあがったんだけど、これみて!」
「これ……真ん中のは」
台本の空白部分にネコムンの二人とらくがきした画像をおくった。
左側には慧菜の描いたデフォルメされたかわいい猫と犬。さすがセンスがある。
右側には央華の絵。思ったよりもうまくて、なんでもこなせるんだなって感心してしまう。
そして中央にあるのは……
「俺が描いた猫だよ! 慧菜と央華には負けるけど、自分ではなかなかうまくかけたかなって」
「猫? いや、うん……猫なのか」
なんともわかりやすく反応に困られて、若干申し訳なくなる。
「えー、そんな下手かなぁ。二人は褒めてくれたんだけど」
「下手っていうか、お前だけホラーすぎだろ画風が」
「えぇ? ホラー!?」
そんなにまで言われるとは思わず普通にショックだった。
央華と慧菜はメンバーなのもあるし気を使ってくれていたのかも知れない。
「……そんなに酷いなんて思わなかった。来月、日本にまた来るんだよね? ねぇ、その時、絵教えて!」
「嫌だ」
匡次郎に即答されてしまう。
「そこをなんとか」
「そんな時間あるなら、どこか出かけよう」
「え?」
教えるのが嫌なのかと思ったら、そんな風に言われて驚いてしまう。
「お前、忙しいんだし時間は有意義に使わないと」
匡次郎がそこまで考えてくれていたなんて思わず、つい頬が緩んだ。
「じゃあ、行きたい場所考えておくね? 匡次郎も考えておいてね」
「あぁ」
「ふふ、楽しみ」
また匡次郎に会えるのが心の底から嬉しかった。
「そういえば……お前、シャーロック・ホームズ好きか?」
「え? うーん、特別好きってわけでは。ドラマならみてたけど」
「そっか、じゃあ他のものがいいか」
ぼそぼそと言う彼を不思議に思った。
「どうしたの? いきなり」
「いや、せっかくだからなにか、お土産でもと思っただけだ。興味ないなら無難なものにするか」
思っても見なかった言葉に驚いた。
「そんな気を使わなくてもいいのに……」
「気なんか使ってない、ただ僕が贈りたいと思っただけだ」
匡次郎にそんな風に思って貰えるなんてと、また嬉しさを噛み締めた。
「いや、それも違うか……ただ、目的でもないと、やるせなくなるばかりなんだ」
ぼそりと呟くように言った言葉に、はっとした。
彼は亡くなった大事な人との思い出の地を巡る旅の最中なのだ。
そんな素振りをあまり見せなかったけれど、もとは死に場所を探すためだとも言っていた。
「匡次郎……」
「物は要らないっていうなら、写真でも撮って送ろうか?」
俺の心配をよそに、冗談めかして匡次郎は言う。
「写真いいね……あ、どうせなら絵がいいな。匡次郎の絵、大好きなんだ」
ちょっとした思いつきだった。
もし、彼の目的が弔いだけじゃなくなれば、少しは気も紛れるんじゃないかと。
「お前は知らないだろうが、僕のらくがきだってうん万出して欲しがる人もいるんだ」
「だよねぇ……」
それがだめなら他にどんなことなら気が紛れるだろうか。
俺が匡次郎のために出来ることは何か無いだろうか。
「でもまぁ、楓季の頼みなら仕方ないな。古風に絵葉書でも送ろうか?」
「ほんと? うれしい……ぜったい大事にする!」
それから一週間後。
家にポストカードが送られてきた。
タワーブリッジにビッグベン、キングス・クロス・セント・パンクラス駅、例のシャーロック・ホームズ博物館のものもあった。
「どれもきれいだねぇ」
淡い水彩で描かれた風景画はどれもこれも美しかった。
「ねぇ、これは? 公園?」
「あぁ……雪 さんと、時々行ってたんだ」
有名な観光名所に混じって、思い出の場所だというダルストンの公園の一角を描いた一枚。
そこは匡次郎が長年一緒に暮らしていた洲雪 さんと言う人と過ごしていた場所だった。
「きれいな場所。ねぇ、洲雪さんはどんな人だったの?」
「……長く生きているとは思えないくらいに、優しくて心のきれいな男だったよ」
匡次郎は、ふっと笑って懐かしんでいるようだった。
「僕にはもったいないくらい、素敵な人だったよ」
水彩画のポストカードたちは、鉛筆や絵の具の匂いがする。軽く触れると指先に感じるざらついた質感が、遠く離れた場所の匡次郎を思わせた。
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