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きょうふう注意報3
1月の終わり。
今日も学校に仕事にと動き回ってくたくたの身体を布団に預けた。
時刻は23時。
お風呂も済ませてあとは眠るだけなのだが、その前に、携帯を取り出し匡次郎へ電話を掛けた。
「おはよう匡次郎」
「……おはよう」
何度かのコールのあと通じた電話の向こうの眠たげな声に思わず頬が緩んだ。
日本から遠く離れたイギリスとの時差は9時間。とすると、向こうでは昼過ぎくらいの時間帯なのだが、基本的に日が傾き始める頃に起きて、日の出と共に眠りにつく匡次郎にとっては、起床時間よりも早いお目覚めなのだ。
そういう事情もあり、いつも以上に匡次郎は眠たそうだ。
彼があくびするのにつられて、俺もあくびが漏れた。
「そうだ、ポストカードありがとう。今日届いてて。毎度のことだけど綺麗で感動しちゃった」
「そうか……」
空返事をして寝返りでもうったのか、布のこすれる雑音がする。
「匡次郎? 起きないと、今日は仕事の用事あるんでしょ?」
「あぁ……」
「匡次郎の眠そうな声聞いてると、こっちまで眠くなるよ」
「それはなにより」
はぁと電話越しにもわかるくらいの大きなため息をつくのが聞こえ、思わず笑ってしまう。
俺も朝起きたくない時が多々あるから、彼の気持ちもわからなくないけれど。匡次郎はしっかりしているイメージが強かったから、こんな風に気の抜けた姿を見せてもらえるのが嬉しかった。
「そうだ、来月戻って来たらさ、美術館一緒に行こうよ」
この間、来日したら一緒に出かけようと話していた。
「別に僕の趣味に合わせなくていいのに」
匡次郎は寝起きの眠たそうな声でそう返す。
「合わせてるってわけじゃないよ? 実は次のドラマ、決まったんだ。それで絵描きさんの役になってね、その役作りの一環でもあるから」
「オーディション受けていたやつか?」
「そうそう」
本格的に演技に力を入れていきたいとマネージャーにも相談し、去年からいくつかオーディションを受けていた。
今回決まったのはその中の一つの作品だった。
「グッバイ・ティーチャーも良かったからな……公開日決まったら教えてくれよ、見るからさ」
「ありがとう。ずっと悩んでばかりで、こんなに良くなるなんて思っていなかったよ」
ずっとネコムンの二人との関係で悩み、死のうとまで考えていた。
今もまだその悩みは完全に払拭されたわけではない。
それでも、思い詰めなくて済むのは匡次郎のお陰だった。
彼が俺を認めてくれたから。
彼がなんでもない話に付き合ってくれたから――。
いろんな悩みや苦悩を打ち明けられる存在の大きさや、匡次郎の存在のありがたみを日々感じていた。
本当に、彼と出会ってから俺は前に進んでいけるようになった気がするのだ。
「元々お前には才能があって、花開いただけさ」
匡次郎はふっと笑う。
「一ファンとして、楽しみにしてるよ」
彼の言葉に胸が熱くなった。
たくさん褒めてくれる人やファンだっているけれど、彼に認めてもらえるのが一番うれしい。
「うん! ありがとう、頑張るね」
遠い距離が少しだけもどかしい。
「じゃあ、おやすみ。気を付けて行ってきてね」
「あぁ、おやすみ楓季」
彼の優しい声を聞いて電話を切り、目を閉じた。
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