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【匡次郎】雪下で咲きたる火の花よ 1

 美術館を出て、外の公園をゆっくりと歩いた。  枯れ木に風が吹きすさび、昼間とは言えかなり冷える。 「少し落ち着いた?」  楓季に覗き込まれ頷いてみせた。 「あぁ、悪い」 「いいんだよ。それより匡次郎が描いたって本当なの? だってあれずっと昔のものでしょう?」  楓季は当然の疑問を投げかける。 「……あぁ、僕は江戸時代に、寛延の頃に生まれたんだ」 「そんな……そんな前に? でもぱっと見は20代くらいだよね?」 「以前話したことがなかったか、僕は……ヴァンパイアなんだ。不老不死のね」 「ヴァンパイアってあの血を吸う?」 「あぁ、そうだ」  困惑する楓季は、それでいて気味悪がるでもなく怖がるでもなく質問を繰り返した。 「確か、太陽の光に弱いんじゃなかったっけ。映画や創作物の中の設定、なのかな」 「苦手だよ。僕はアルビノだから余計にね。だが、儀式で耐性をつけている」 「そんな……嘘つくわけ無いって思うけど。じゃあ、その、昔から絵描きさんだったの?」 「いや……、高校生のお前にする話でもないが、陰間茶屋にいたんだ」 「ごめん、俺、あんまり歴史詳しくなくて」 「……つまり、あの絵の少年と同じように、身体を売って生活していたんだ」 「え? そんな」  身の上話なんてするつもりもなかった。  ただ、口元が緩くなってしまった。  誰かに話さなければ落ち着かないくらいに、気が動揺していたのかもしれない。  震える手を誤魔化すようにコートのポケットの中で握りしめた。  僕は今から200年以上前、日本に生まれた。  白子……今で言うアルビノだった僕は、その姿を疎まれ元の親に捨てられ、山奥の集落に来たのだと育ての親によく言われた。  アルビノは生まれながらにメラニン色素が人より不足している病だ。髪や肌は白く、虹彩の色も薄いことが多い。メラニン色素は紫外線から身を守るもので、それが不足している関係で日の光に弱く、日の下を他の人のようには歩けない。  当時はもちろんそんな学術的な説明を出来る者はおらず、まるで物怪の類のように扱われた。  そして、物心ついた頃に僕は見世物小屋に売りとばされた。  江戸の街は娯楽に飢えていた。変わった芸や物珍しい物に興味を示すのは今も昔も変わらない。  そこで僕は妖怪の子だと言われて、人々の好奇の目に晒された。不老長寿に効ありと髪の毛や爪を売ったりなんかもしていた。  うんざりしたが、でもそれで飯が食えてるうちがまだましだった。  数年後、12、3歳のころ、借金のかたに今度は陰間茶屋に売られた。陰間は年端もいかない少年が色を売る商売だ。  僕の姿形を珍しがって客はよくついた。  茶屋の陰間達にも気味悪がられて、僕はただされるがままに流されるままに生きていた。  そんな時に一人だけ、僕と話してくれる人ができた。  彼は天津(あまつ)と名乗っていて、いくつか年上の陰間だった。美しく華やかで優しく、多くの人に好かれている人だった。 「ご覧よ、綺麗だろ?」  お客に貰ったという扇絵を見せてもらったことがある。  繊細な筆使いで扇子に描かれたのは朝顔の絵だった。 「あたしもお返しに何か描こうと思うんだけど、思うように描けなくてね」  紙に墨で描かれていたのは人のようだったが、ずいぶんバランスが悪くお世辞にもうまいとは言えなかった。 「あんた指先が器用そうだし、描いてみておくれ。ほらあたしの顔をよく見て」  自分の絵を描いて贈ろうだなんてと思ったけれど、同時にその純朴さに好感を抱いた。  それまで筆を持ったこともなかったが、彼の顔を紙に描いた。  美しく微笑む彼とは似ても似つかなかったが、それでも天津兄さんは嬉しそうに僕の絵を褒めた。  それから度々、彼を描くようになった。  毎回彼は褒めてくれて、頼まれて花や猫やいろいろなものを描いて行くうちに、僕は次第にのめり込むようになっていった。  天津だけでなく他の陰間たちもこぞって僕に絵をねだるようになった。  日々の苦しみから逃れるように僕は絵に夢中になった。

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