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【匡次郎】雪下で咲きたる火の花よ 7

「じゃあ、洲雪さんもヴァンパイアだったんだ?」 「あぁ。彼だけじゃなく幸慈さんもな。二人とも長い人生を歩んできていた」  楓季は至極真面目に話に耳を傾け、驚いたり、まめに相槌をうったりといい聞き手だった。  コーヒーは温くなり話し込んでいる間に、思ったよりも長い時間が過ぎていたようだった。 「ヴァンパイアってどんな感じ?」  怖がるでもなく馬鹿にするでもなく聞く彼が少し不思議だった。 「どう、か。今となっては人間と大差ないと思うよ。日光耐性とか血の保存技術とか、ヴァンパイアもヴァンパイアなりに生きやすいように技術を発展させてきたからね。ただ数年おきに住む土地を変え無ければいけないのが面倒なくらいだ」 「じゃあ、匡次郎以外にも大勢いるんだ?」 「あぁ。いるよ」  人間にバレないように人間社会で生きるというのは、肩身の狭いものではある。けれど、僕は仕事で人と接する以外になにか交流を持とうともしなかったから、対して困りはしない。  これまでは雪さんがいて、話し相手に困らなかったのもあるけれど。  彼がいなくなってから、初めて孤独というものを知ったような気がする。 「その時からずっと洲雪さんと暮らしていたの?」 「そうだな、200年……それ以上か」  実際に口にしてみると恐ろしく長い時間のように感じた。  ヴァンパイアになり日光耐性の儀式を受け、日常生活は以前よりもずっと生きやすくなった。  雪さんや他のヴァンパイアに比べて日の光には弱かったが、それでも日中外に出ることも出来るようになった。  視力も以前よりも回復し、はっきりとものが見えるようになった。その甲斐もあって捨てられるのではという漠然とした不安もいつの間にか消えていた。  江戸で数年、幸慈さんの商売の関係で長崎で数年過ごしたあと、三人でオランダに渡った。  幸慈さんは陶磁器の売買でかなり儲け、雪さんは最新の医療を学びつつ医者として働いていた。  僕は日本の美術とは全く別物の西洋美術に触れて、ひたすら絵の修練に打ち込んだ。  閉ざされた世界だったのだと知った。  絵と一言に言っても海の向こうでは全くの別物だ。  それから各地を点々とした。  どこに行っても僕らはそれぞれに目的を持って充実した時間を過ごしていた。  やはり僕の見た目はどこに行っても目立ったが、それでも雪さんが隣にいてくれたから、なんとも思わなかった。  19世紀頃のフランスの画壇での生活は特に楽しいものだった。  古典派から印象派へ……まぁ、とにかく芸術的な分野で活気に満ちていたんだ。  けれどそれも20世紀になり暗雲が立ち込めた。  情勢は変わり、世界を巻き込む大きな戦争に見舞われることになった。  途方もない数の人間が死んだ。  人の命を守ることを使命にしていた雪さんは、ニュースを見聞きするだけでもかなり気落ちしていた。  一度目の大戦が終わり、幸慈さんは戦後景気にあやかろうとアメリカに渡った。  それからわずか数十年後、ロンドンに住んでいる時、第二次世界大戦が勃発した。  幸慈さんの提案もあって初めは二人でアメリカに逃げようという話になった。  しかし、渡航間際に心変わりした雪さんはロンドンに残り、医者として働き続けた。  戦況が激しくなるにつれ、国交は途絶え、僕は再びイギリスに行くことも叶わなかった。  やっと会うことができたのはそれから数年後の終戦の後だった。  再会した雪さんは酷く傷ついていた。  ロンドンも空襲の被害にあい、彼は市民や軍人の救助をしたが、己の無力さや戦争の惨さに心を痛めていた。  いわゆるPTSD、心的外傷後ストレス障害に苦しんだ。悪夢やフラッシュバックで何重にも心を蝕まれた。  それで、一度俗世を離れて東欧にあるというヴァンパイアの王都に向かうことに決めた。  同じ頃、人間の残酷さや愚かさに辟易したヴァンパイアが同じように王都へ向かう機運があり、極秘裏のルートが確立されていた。  僕と雪さんは、逃げるようにロンドンを離れた。

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