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【匡次郎】雪下で咲きたる火の花よ 8

 ヴァンパイアの王都スブ・ソーレは古風な街だった。  森の奥深くにひっそりと佇む、石と木の古い建物。自然の中で時が止まったような錯覚すら覚えるほど、穏やかな空間だった。  多様な人種と言語に溢れ、恐ろしいほど美しい人が行き来している。  人間社会の雑多とした活気とは違う、のんびりとした深い探求心に満ちていた。  貴族が多く住み、古風な趣味を謳歌していた。  静養には丁度いいと思いつつも、どうしても僕の性には合わなかった。  各地を点々とし、刺激に満ち溢れていた世界からの隔絶はどうしてもつまらないものだった。  それでも雪さんは、そのおかげでいくらか安定した。  二人でよく話したし、手持ち無沙汰になった彼に勧めて絵を描かせたりもした。  数十年そこで何不自由無く過ごした。  その間に人間社会は変化し、数年おきにスブ・ソーレに顔を出した幸慈さんからその様を聞いたりした。  興味を惹かれる気持ちを隠しているつもりだったが、雪さんには隠し事など出来るわけもなかった。  自分が少しでも良くなると、途端に僕のことを気にするものだから、無理させないようにするのに苦労した。傷ついてもなお、眩しい程の優しさを彼は持っていた。  そして、話し合いの末に、今から10年程前の11月にロンドンに戻った。  追悼碑に立ち寄り慰霊し、数日たったら離れるつもりだった。けれど、雪さんの調子もそこまで悪くはならず、結局再び二人で暮らし始めることにした。  幸慈さんやヴァンパイアの知人のつてを借りて、職を見つけ、ロンドンの郊外に家を借りた。  数十年の間にすっかり変わってしまった生活様式や技術はいい刺激になった。  二人で手を取り合ってゆっくりと生活に馴染んでいった。  とはいえ、過去の痛ましい記憶の残る街での生活にこだわる必要もない。春になったらどこか別の場所に行って暮らそうと相談するようになった。  そう話していた頃、ある寒さの強い夜、家に野良猫が迷い込んできた。  白い毛の長い、赤い目をした猫だった。野良で汚れているとはいえ、美しく愛嬌のある猫だった。  一晩だけと、そう雪さんが言ったから僕は了承した。  けれど次の日も随分冷え込んで、その次の日も天気が良くなかった。  そんな日を繰り返し、いつの間にか雪さんは「シュウ」と名前をつけていた。 「飼うのは反対だ」  僕が言うと彼は悲しそうな顔をして、それでも簡単には折れなかった。 「世話はおれがするから」 「そんなのは気にしてないんだ……ただ」  自分の話をしているのを知ってか知らずか、足にすり寄るシュウは呑気に鳴いて見せる。 「生き物はいつか死ぬんだ」  僕がそう言うと雪さんは寂しそうに目を細めた。 「わかってるよ」  そんな風に口では言ってもわかってなんかいないんだ。  どれだけ、自分が死に対して敏感に、弱くなっているか、雪さんはわかってなんかいなかった。  シュウはいい猫だった。賢く人懐っこく、綺麗な猫だった。  いつしか僕のほうがシュウと遊ぶようになった。家で作業することが多い僕はその分、シュウと長い時間を共にした。  結局春になっても僕らはロンドンで暮らしていた。  2人と一匹の生活は悪くなかった。  悪くなかったからこそ、シュウの死はきっと重く重く雪さんを苦しめた。  僕は情に流されずに、あの綺麗な猫を家の外に追い出すべきだったのかもしれない。  そんなの今になっては、どうすることもできないけれど。

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