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【央華×楓季】Adore You 3

 12月の始め。空は快晴で冬場にしては暖かく過ごしやすい日だった。  いよいよデート当日になった。  あれから央華とは何事もなく、ただ仕事で顔をあわせるだけだった。  それでも彼の顔を見る度に告白されたのだと、思い出してどうにも落ち着かなかった。  マンションの前でぼんやりと過ぎゆく車を見送りながら、頭の中は央華でいっぱいになっていた。  返事しないと。  央華のことは嫌いじゃない。  ただ、考えたこともなかった。  彼とはただ身体の関係があるだけで、それ以上の何かを想像したこともなかった。  もしかしたら、考えたくないという気持ちもあったのかもしれない。  誤魔化して、逃げて、見ないふりをしていたんだと嫌でも思い知らされる。  しばらくしてバイクが目の前に停まった。 「おまたせ」  颯爽と現れたのは央華だった。  こうして近くでバイクを見ると純粋に気持ちが高ぶった。車種や詳しい知識は全く持ってなかったが、マットな黒で統一された車体は大ぶりながらも派手すぎず、シルバーのアクセントが目を引く。  そこに跨ってる央華は、細身な黒の革ジャケットや、すらりと伸びる長い脚が実に絵になる。 「ちょっと遠出してもいい?」 「うん、平気!」  央華に言われるがままにヘルメットや手袋をつけて彼の後ろに跨った。  何度か彼がバイクに乗ってるところを見たことはあるけど、乗せてもらうのは今回が初めてだった。  足をステップに載せると振動が直に伝わり気分をより高揚させる。  低いエンジン音が響き、ゆっくりとバイクが動き出した。  いざ走り出すと流石にちょっと怖くなり、央華に手を回してぎゅっと抱きついた。  それでも次第に慣れてくると、身体に響くようなエンジンの音や振動、吹き抜ける風にも心地よさを覚えるようになった。普段味わえない刺激に気分がすっとする。  景色がだんだんと変わって、都心から離れ隣の県に差し掛かったのがわかった。そこからさらに移動し、海が見えてきた。  冬の海辺は静かで、人気のない砂浜がずっと続いていた。  バイクを停めて二人で砂浜に出た。  潮風は冷たいが、それでも日差しが出ているのもありそこまで冷える感じはない。 「ここなら人目も気にしなくていいから」 「そうだね」  ネコムンとしてデビューした、この春からめっきり外出がしづらくなった。  メガネやマスクを取った素顔のままでいられる清々しさを感じながら、大きく息を吸って、遠くを眺めた。 「けど、思ったより冷えるな」  不意に手を取られて握られた。  横を見ると央華と目が合う  ここに二人きりなんだと思うと、今更ながらまたドキドキしてきてしまった。  手を引かれて、自然と近い距離で浜辺を歩いた。 「よく一人で来てたんだ、しんどい時とかさ」 「そうなの? 央華でも、そんなときあるんだ」  央華はおかしそうに笑った。 「あの変な意味じゃなくね? だって央華ってしっかりしてるし、自分の芯があるでしょ? だから」 「そんなことないよ。ブレブレでまだガキだよ」  腕を引き寄せられる。 「楓季のこと、これ以上困らせないようにって思いながら、告白したり、デート誘ったり……優しいお前にまた縋り付いてるんだ」  見上げると、央華は苦々しく微笑む。  そんな一つ一つの反応が全部、本気なんだと思わせる。 「俺だって……全然自分の気持ちがわかんなくて、それで央華のこと困らせて」 「ううん、楓季は悪くない。むしろありがとう」 「央華……」 「マジで考えてくれてるんでしょ?」  いつもよりリラックスした彼は、一瞬一瞬がかっこよく見えて、ほんの少し寂しそうな姿にまた心を抉られる。 「それだけで、すんげーうれしい」  あぁ、そうだよな。  やっぱ、逃げないで真剣に彼の気持ちに向き合わないと。  央華が俺を好きだって気持ちに。  そのあと海岸の近くにあるカフェに向かった。央華の先輩のお店らしい。  店内からも海がよく見えて景色が良かった。そこで仕事のことやお互いのことを話しながらランチを食べた。  場所を変えて央華の趣味だというダーツを教えて貰い、勝負したけれど当然ボロ負け。  罰ゲームだと言って、カラオケに向かってリクエストされた曲を何曲も歌った。 「次は先輩の」 「ちょっと央華も一緒に歌おうよ」 「もう一曲だけ。楓季の歌、独占できる機会なんてそうそう無いし」 「全然歌うのに」 「じゃあ、これ……俺のためだけに歌って」  ベタなラブソングを選曲する央華。  案外わかりやすくて、かわいいとこもあるみたいだ。  日が暮れて、明日もお互いに仕事があるから早めにお開きになった。 「付き合ってくれてありがと」 「ううん、楽しかったよ」 「うん、よかった。忘れ物ない?」  央華に言われて上着のポケットに手を入れると、いつの間に入っていたのか小さな箱に手が触れた。 「え、これ」  取り出してみると、シンプルな紺色の細長い箱だった。 「今日付き合ってくれたお礼」  不敵に微笑む姿に胸がぎゅっと締め付けられた。  めちゃくちゃ楽しかったのに、それだけじゃなくプレゼントまで用意していたなんて。 「じゃ」  そそくさとヘルメットを被ろうとする央華。 「まって、央華! ありがと」  こくりと頷いてヘルメットを被ると、央華はバイクを走らせて去っていった。  部屋に戻り箱を開けてみるとシンプルなシルバーのプレートネックレスが入っていた。  今日一日の思い出が頭の中をぐるぐると行き来する。  どれだけ彼の気持ちが本気なのか、思い知らされるような一日だった。  

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